2020年6月30日火曜日

1958 私本太平記 吉川英治

 英雄、無き乱世


 吉川英治のほぼ遺作となった作品。吉川英治っていうと今の人には、バガボンドの原作小説の作者、というのが一番わかりやすいでしょう。

 吉川英治はこの作品を最後にして、すぐに亡くなった模様。この小説も終盤にかけていきなり急ぎ足で進むのは吉川英治が自分の死期を感じてたからでしょう。

この太平記、というテーマは非常に厄介。厄介極まりないものでして、平家物語、戦国、幕末ってのは簡単なのです、みんな主要人物を知ってるし、データも豊富。物語の中心、みたいなのがわかりよい。平家なら頼朝、義満、清盛。戦国なら信長、秀吉、
家康。幕末なら竜馬、西郷、慶喜ってな具合。
 じゃあ太平記は尊氏、新田、後醍醐、楠なんじゃないかというとそうでもない。まさしくこれは乱世なんですね、白か黒か、源家か平家か、武家か朝廷か!?みたいな一大決戦!っていうことじゃない、それぞれ地方地方に、いろんな武家がおって、それが味方になったり離れたり、さっきは敵だったのに今は味方だったり、って調子、一応大将、がその主要人物であったりするだけで、群雄割拠、の入り口、なんです。だから尊氏が悪いとか新田が悪いとかそういうことじゃないんですよね、誰がどうやっても、みんなバラバラになるしかない、そういう時代だとしかいいようがないですね。
 一つでまとめるには、やっぱり遠すぎる!通信も交通も無いんですもの、何日もかけて走って東海道やら九州まで連絡して統制をとれってほうが土台無理。


太平記を扱ったものってのは非常に数が少ないです。そして難しい。

 その難しさってのは、後の世の歴史改竄が大きいのです。幕末の時代、日本帝国時代には、朝廷贔屓、つまり楠木正成、が英雄とされた。というか、太平記について語ること自体がタブーとされました。

 吉川英治が遺作、そして戦後に太平記、を題材にしたってのも大いに理由があります。日本帝国では太平記の小説なんて書けない。

 学校の歴史でも、このあたりってめちゃくちゃ適当にすべっていきますよね、鎌倉幕府が出来て、武家政権に、けど頼朝一族はすぐに途絶えて北条家がとってかわる、執権政治、御成敗式目。そのあと、承久の乱、南北朝時代ってのがあってね、はい、足利義満、金閣寺、ここテストに出るよ。そいで足利義政、銀閣寺ねって具合。

 承久の乱ってのがあってね、からいきなり金閣寺っていうまったくどうでもいいテーマにすり替えられます、ぶっちゃけ金閣寺や銀閣寺なんて建物クソどうでもいい。さらにそのあとも戦国があってね、はい、天下分け目の関ヶ原!って関ヶ原までぶっ飛びます。

 いわゆる中世ってのはぶっ飛ばすのですね、どう扱えばいいかわからぬ。ぶっちゃけよくわからぬ。誰にもよくわからぬ。それぞれがみんなバラバラに動いてるのですから歴史の書き様がない。

 けど歴史に詳しい人にとっては、そのあとの日本、ってのを考えると、その根源、ってのはこの室町時代にあるって考えるようです。

 鎌倉幕府が腐敗して崩壊、そのあとは?また朝廷にっていうシナリオも結構在り得た、そしたらそのあとの歴史はまったく別のものになってたってわけ。武家政権、ってのは一回だけのイレギュラーなのか、これからもそうなのか?っていう分岐点だったわけですね。ともかく中世は乱世、カオス。


 尊氏ってヒトの人生はあれです、人生の殆どを戦に過ごした、まさにそれ。ヨーロッパでもそういう王様がいますね、数え切れない戦争を繰り返して、人生の中で戦をしてない時期が殆どない。しかも敵も、自分の弟、子供、仲間がどんどん裏切っていきそれと終わり無い戦をするという、まさに乱世の人物。
 そしてこの小説でも描いてありますけども、尊氏っていう人間のキャラはつかめない。まさにつかみどころが無い。それこそが尊氏っていう人間のキャラなのかもしれませんね。獅子奮迅みたいな脳筋タイプでも、権謀術数なインテリタイプでも、正直者でも嘘つきでも残酷でも慈悲深くもない、けれどそのどれでもある。偉大でもあるし、悪党でもある。

 ただ英雄ではなくて人間である、それが尊氏、ってことでしょう、英雄がいなくなり、人間、が主役になる時代、それが乱世。