2024年3月29日金曜日

2001 早すぎた天才 贋作詩人トマス・チャタトン伝

  最近には(それほど最近でもないけど)めずらしい、ちゃんとした本です。


 チャタトンなんて誰も知りませんでしょう、チェスタトンじゃありませんよ、チャタートンとも書きます。

 18世紀末の詩人ですが、17才で自殺しました


 若くして死ぬ芸術家は数多いですけど、チャタトンはレコードタイムじゃないですかね。

 17で!?いくらなんでも早すぎるだろうて。それも事故や病気ではなくて自殺です。早いて!


 いわゆる、ロマン派詩人、の先達者と言われていて、こっから、シェリー、キーツ、バイロン、といった、ロマン派の大詩人が現れて来ます。今挙げた3人も全員若くして死んでいる。


 ロマン派とはなにか?といろいろな定義があると思いますけど、ワタシ的にはロマン派、というのは人生が作品になっている、タイプの作家ですね。バイロンなんかがまさしくそれ。

 人生がドラマチックで劇的、それをそのまま書いたら作品になった。みたいなのがワタシの考えるロマン派。太宰治もロマン派といえます。

 そういうわけでロマン派は若くして死ななければならぬということになる。波乱万丈で長生きってほどダサいものは無い。


 それとロマン派の対極が合理主義です。合理主義ほどつまらないものはない。


 それでも17才で自殺はいくらなんでも早すぎる。

というか17才で自殺したのに、作品や名前が残っているというのがすごいことです。詩人、にしか出来ないですね。

 詩、ってのはやはり、芸術の最高峰だとワタシは思う。一番カネにならないから。詩で食べていく、なんてのは不可能です。自殺行為です。だからこそ一番純粋で尊い。

 そしてとにかく簡潔に、一番端的に、本質だけをつく。


 なんだかんだで詩、というものは骨身に入ってるもので、江戸時代の作家で唯一口に上るのは芭蕉だけでしょう。

 海外においても同じで、国民的な詩人、ってのが必ずいて、焼き付くようにその言葉が脳内に刻まれているものです。

 翻訳すると何も伝わりませぬ。


 さて贋作詩人とある通り、チャタトンは古い詩が好きで、中世風を装って詩を書き古文書として売ろうとしてたこともありました。擬古典ってのはよくあるけど、贋作までやるのはなかなかです。

 でも何度もいうようですが17才、愚かな行為をしてなんぼです。17才なんて一番アホなんですから。青年が向こう見ずで愚かなことをしなかったら、一体誰がやるんだって話です。

 

 自殺の原因なのですが、これもほぼ全て若さゆえ、ってことです。もともと母子家庭で貧しいのもあるし、無駄遣いしてしまってすってんてん、けれど、無一文です、めぐんでください、と他人に頭を下げるのも同情されるのも、夢破れたとして親のもとへ帰るのも、すべて嫌だ、死んだほうがマシだ・・・

 ってこと。上京した青年が、夢破れて死ぬ。最後はほとんど飢餓状態。


 馬鹿な奴だ、もっと上手く生きろ、と世間の阿呆どもは言うだろうけども、上手く生きれないからこそ、芸術家なのです。プライドを捨てないから表現者なのです。

 ワタシは金持ちの芸術家なんてものは認めない。飢えて野垂れ死にするのが、芸術家の生き様ってものです。昨今ホンモノの芸術家ってのがとんと現れないのは、みんな小市民の小金持ちだからですね。そんなやつらの作るものは何も響かない。


 そういうわけでチャタートンは、とても純粋な芸術家であります。

古い英詩ってのは素人にはほとんど意味がわからんのですが、なにか、ホンモノ、がそこにあるのは間違いないようです