2018年8月9日木曜日

太宰治 総括  全集を読破して

 というわけでここ1年くらいでしょうか?太宰の作品をすべて読むという自分企画を進めてまいりまして、このたび最後までたどり着きました。

 もちろんすべてが名作ってわけでもないのですが、その打率、でいうとトップクラス、こんなにハイレベルな作品を連発する作家は滅多にいるものではない。ドストエフスキーですら、なんじゃこりゃっていう作品を結構書いてますから。それはベートーヴェンもそう、シェイクスピアだってそうです。天才にも駄作や失敗作はいくらでもある。太宰はそれが極めて少ないタイプの作家です。デビューの時から冴えていたってのが大きいですね、最初っから完成されてた。最初が一番良かったとも言えるくらい。

 
創造的人間の持ち時間は10年。恐ろしい事実ですが、奇しくも太宰にもそれが当てはまります、27くらいでデビューして40前に自殺。途中病気をしたり戦争で中断したりもしてますので実質活動期間はやっぱし10年ってことになると思います。

 
 全集を全部読破しよう、って思うような作家って数えるくらいしかいません。ワタシがたぶん全部の作品制覇してるって言えるのは、ドストエフスキー、夏目漱石、そして3人目に太宰ってとこですかね。まぁトルストイもだいたいは読んだはずですが。たぶんそし最後なのでは?これから先全集をすべて読まないといけないような作家が出てはこないし、年下であればたぶんそのヒトの全集が出ないうちにワタシは死んでるでしょうし。これからの時代に大小説家ってのが生まれるとも到底思えませんので。
 そう考えると偉大な小説家ってのは少ないなぁって思いますね、確かに代表作いくつかは良いっていう作家もいますけども、全部読みたいって思うような作家は、人類の歴史でワタシにはたったの3人しかいなかったのだなぁ・・・。
 一時期映画を見まくってた時にも思いましたね、面白い映画って実はまだほんの少ししかない、これは名作だって思えるのは、150くらいしかないです。



もちろん現代の漫画家とかは作品数が少ないから全部読んでるってのはいくらでもいますけどね、宮崎駿もそうっちゃそう。
 漫画家ってのは生涯作品数がすげー少ないのだなって思いますね。ようするに一生でだいたい200巻くらいでしょうね、一つの作品だけじゃなくても、全部で200。マンガってのは絶望的に時間食い虫。
 小説はたくさんかけるけれど、それが逆に命を縮める要因でもあると思います。すぐに描けてしまうから、さて次は?さてその次は?っていう常に次回作の構想に追われることになる。人間そんなにたくさん言うことがあるわけない。すぐに書けなくなります。

 さて無駄話はこれくらいにして総括をします。

「最高の芸術というのは、人に生きてく力を与えるものだ」

というコトバがあって、さらに

「ユダ、がいることによってイエスの輝きが増す・・・」

というコトバもあります。

 太宰は露悪、あるいは偽悪、として、ユダの役割を演じることで、人々に生きてく力を与えた、そしてこれが成功したと思います。
世間、一般では、太宰は本当にダメ人間で人間失格、あんなひどいやつは見たことない、自分がダメダメでも太宰よりはマシだと思って元気が出た。
こんなダメ人間がいるんだ、ワタシはまだまだだ、頑張ろう。っていうライトユーザーというか浅い読者がたくさんいます。殆どの太宰が好きって言ってる人はそれでしょう。
 
 けれどガチの読者、全集を全部読んじゃうような人間は、そんなの全部ポーズ、ユダ、という役割、を演じてるだけで、太宰ほど真面目に仕事するやつもいないし優しい人も滅多にいないとわかっているはずです。
 そんなの仕事量を見れば一目瞭然、この期間でこれだけ、ってことは・・、ほんとに一日12時間くらい創作活動してないと出来るわけない、ずっと呑んだくれたり中毒したりして仕事をしてないなんてのは全部嘘だってわかります。四六時中小説のことしか頭にないっていうのは眉唾じゃなくてまったくの真実。そのくらいのめちゃなハードワーカーだからこそ酒で息抜きしなければいけなかったわけですね。


 結論ですけど「優しい」、のです太宰っていう人間は、それが全作品を読んだワタシの感想。「優しい」人間にしか、偽悪、の役というのはやれない。
そして全部、ポーズで演技なのだけれど、自殺、すると、その嘘、ポーズ、ロールプレイング、が全部真実、になるんです。これがミソですね。
 イエスがもしユダの裏切りで処刑されることがなかったら、イエスの言ってたことは全て嘘になってしまうのと同じ。やっぱり太宰が自殺してなければこうしてワタシも読んでないだろうし、イエスが長生きしてたら、キリスト教は布教しなかったと思います「何を言ってるか」なんてほんとはどうでもいいのかとワタシは思っています「誰が言うか」こっちが大事で、誰が言ってるか、でコトバに意味が生まれたり、カラッポの響きを持ったりするのですな。

 そして人間失格の最後にあるように、葉ちゃん、は他のヒトがなんて言おうと、神様のようにいいやつだったっていうのを信じたいと思います・・・