2019年11月7日木曜日

BC58 ガリア戦記

 カエサル自身が書いたというどちゃくそ有名な古典中の古典。

 しかしカエサル自身が書いたといいますけどそれはどうも眉唾ですよね、カエサルそんな暇じゃあるまいよ。側近に記録を取らせていたに決まってる、自ら筆を取って書くなんてことはないとワタシは思う。
 それでも自分の業績を文才のある側近に記録させて、宣伝用に使おう、というアイデアだけでも天才の所業ですけれどね。そしていかにも!オレすごいだろ!というのではなくて、あくまで客観的に書け、という指示もあったでしょう。その文才のある部下、を選んだ選別眼、運も実力のうち。それによって二千年後の現在まで、その業績がきっちりと伝わっているのですからね。

 もし本当にカエサルが自分で書いたのなら、カエサルっていう人間は、どうも人間としては優秀すぎる。

 古今東西名将、ってのはいますけれど、カエサルこそ最高の司令官っていう歴史家は多いです。
 それにはカエサルが武勇や知略だけでなく、このガリア戦記を書くほどの文才、教養、ユーモア、機転、芸術的才能、があったっていうことも寄与してるようです。ナポレオンが書いた本とか、信長の書いた本みたいなのは存在しませんからね。ネルソン提督戦争記、義経戦争術、チンギス・ハン著「ワタシはこうして世界の三分の一を手に入れた」みたいなのもない。


 前置きはよしとして、この本はたしかに名著です、名著としかいいようがない。とにかく簡潔、で歯切れの良い文体であり、感傷的なところがないけど、書かれてる内容はひたすらリアル。
 すぐに裏切る味方、負けそうになったら掌返しで、これまでずっと友好を保とうとしていたが権力者の脅しで云々、といういつもの言い訳。そしてすぐにまた裏切る。また逃げようとする味方、臆病風に吹かれる新参者、バカな下士官、間違った報告をする部下、まったくキリがない反乱・・・、リアルそのものですね。
 でもカエサルはいちいちそれを許しています。すぐに裏切るとわかってるのに。でもそこがカエサルの賢いところで、そこでいや、許さない、全員殺す。ってやってしまうと、一気にガリア、が一致団結してしまう、さらにゲルマンも全部敵になる。カエサルの作戦としてはガリア、はゲルマンへの防波堤として維持しつつ、ガリアが統一されるのを防いで、ガリアを分断して支配する、という戦略です。非常にバランス能力のいる作戦。
 そして非常に効率的な作戦でもありますね、敵を内部分裂させるっていうやり口は。
  が、カエサルがいなければ機能しないという天才に頼り切ったシステムでもあります、やがてそれがだんだん崩壊していくのは歴史の通り。


 読んでいろんな印象を持ちますけれど、古代、は多様性が豊かな時代だって印象を受けます。わけのわからん部族やら民族が無数に存在していて、宗教、社会の仕組み、ルールなどが、全然違う。現代ははっきり言ってどこもかしこも同じです。みんな一様にカネの話しかしない。地球のすべて。
 すごい無茶なルールもたくさんあります、妻は男10人くらいの共有とされる、とか、私有財産を避けるために一年で強制的に移住させられるとか。
 戦争のやり方もユニークです、隊列の一番後ろに女を残して「私達が陵辱されて奴隷にされないために勝って」と応援させると同時に、逃げるときに邪魔になるので逃げられないようにする。


 最高の指揮官カエサルの名言

「ほかのあらゆることでもそうだが、軍事においても一番大事なのは運である」

 と言い切ってます。こういうところが、カエサルのすごいところなのかも。普通、気合だとか神の加護だとか、占いだとか、兵器の力、兵士の熟練度、士気の高さ、補給線、地の利、隊列、外交・・とか言いたくなるものですが、運、が一番大事。 
 まさしくそのとおりだと思いますね、運がいいやつ、には勝てない。自分の実力だ!と言わないで、あくまで、客観的、合理的。これがカエサリズムと言えるのかも。

 全体の構成はまさに漫画でして、こうも上手くいくものかね、っていう感じです。まず弱い敵から始まり、海での大戦、ブリタニア遠征、ゲルマニア遠征、そして最後にウィルキンゲトリクス、なる今までの敵とは別格の知略に富んだライヴァルが出現して、ほぼ全ガリアとの大決戦に挑む・・・、さらにこの後の物語も当然誰もが知ってるように内乱の勃発、ルビコン川、そして皇帝へ、最後には暗殺。ほんとに漫画みたいな人生を歩んでいますね、カエサルは。
 やはりそれも、運、があるからとしか思えない。

 そんなに優秀なのに暗殺されるなんて詰めが甘いと思われますけど、それも大きな眼で見ると、暗殺、という劇的な結末によって、さらに深く英雄として名が残ったとも言えます。アウグストゥスも、カエサルに負けずに飛び抜けて優秀な人間だったのですが、やっぱし英雄といえばシーザー、のほうが知名度がダントツだと思われますね。

 あとカエサルは人を許し、そして信じようとする、ってとこが、印象が良いところです。誰も信じないし、誰も許さない、人間なら暗殺はされないだろうけど、やっぱし嫌われますわね。