2016年9月10日土曜日

1914 ブラウン神父の知恵  WISDOM of F Brown

 ブラウン神父シリーズのその2

 初代に較べてトリック小説というよりは、より、雰囲気探偵ものになってるという感じ。よくよく考えたらそんなことありうる・・?って感じのものが多いという感じ。


 すでに当時にして、探偵ものってのは、トリックを解き明かす、というよりは、もっといろんな要素ゴシック小説っぽい感じ、オカルティックな感じ、オリエンタルな感じ、という、トリックを解き明かし犯人を考えるっていう論理ゲームみたいな感じから、世界観こそが大事っていう領域に入ってるのでしょうね。



  探偵ものってのは小説の中でも末期のジャンルでして、映画とか映像の時代に入りかけの時代のものですから、小説ならでは、の手法、っていうのを追求されてますよね。心理の流れとか、映像とか視覚的には出来ないやり方を駆使します。


 よく言うのは


 彼女は、顔はそれほど美人ではないが、何故かとても魅力的な女性であった。


 こぉいうやり方です。マンガとかにすると、美人の顔を書いちゃいけないけど、不思議と魅力的ってのはすげーー難しい。基本マンガのキャラってのはブサイクってのは描けないようになってます、ブサイクってのは実は描きづらい。ブサイクは線が多いってことにも気づきますね。イケ様ってのは整ってますから線の数はひじょーに少ない、顔も均整が取れていて、左右も対照、とても簡単。


  他には心理情景っていうやり方があります


 なんとなくこの森は命を持っているようで、中世の・・・幽霊が出てきそうな雰囲気を持っていた。しかしその理由はわからない、一つ一つの木はなんの変哲もないカシや楡の木である。あるいはこれはワタシの内面の情景が写り込んでいるだけなのかもしれない、ワタシは動揺していたのだ・・・


 視覚的には普通である、けどなんかイヤな予感がするのだ。っていうのはこれも画的にはひじょーーに難しいやり方です。


 それと昔の小説っていうのにヒジョーに大事な転換点ってのがあると思います、それは1880年頃のガス灯の登場と、1920年代のラジオの登場です。ガス灯、電灯の登場で夜が明るい、ってことがすべてを変えてしまいまして、カラマーゾフ的な夜のトリックは不可能になりむしろ夜は自動車をぶっ飛ばして都会を走り回るホームズの時代になるわけです、ラジオの登場もこれはショッキング、いや、小説に完全に止めをさすような事件で、ヒトラーというメディアの天才児を産み、大衆コントロールっていう新しい領域に踏み込んでいくもので、もはや誰も孤立出来ないっていう状況なんですよね。すべてがショーじみてるっていうか、スキャンダルや殺人の持つ、おどろおどろしい感じってのが取り去られて、あらゆるものが下品で下衆な種類のスタンドプレーみたいになる。メディアのタネの1つになる。

 このラジオ前夜っていう雰囲気を持ってますね、ベルエポックの小説ってのは・・・・。世界大戦といいつつ一次大戦は局地戦って言う感じ、1920~1945この時代のスピードってのはほんとえげつない速度、そりゃ一日一日を大切に生きようって思うよな~・・・。このスピードに憧れるんですよねー・・・・。