2023年12月26日火曜日

1973  競馬無宿  寺山修司

  寺山修司競馬エッセイ


 ちょうどシンザンが伝説のウマとなり、ハイセイコーが第一次競馬ブームを生み出していた時代ですね。競馬がギャンブラーや裏街道人間たちのたまり場から、大衆娯楽へと変化していく時代です。


 おもろい企画がありまして、歴代最強馬は誰か?という今でもおなじみの遊びをしてます。

 一番人気 シンザン

 対抗 クリフジ またはトキノミノル

 穴  メイズイ

 ってところのようですね。この当時の人たちの意見だからおもろい。


 シンザンはご存知「神馬」と崇められた馬、間近で見た当時の人々も、シンザンの怪物ぶりに驚いたようです。クリフジも無敗の幻の牝馬、トキノミノルも無敗の幻の馬、それをおさえてシンザンが一番人気なんだからシンザンの与えたインパクトの凄さが伺えます。

 寺山修司はシンザンの圧倒的な強さを嫌って、全部対抗に賭けて全部負けたようですw競馬に絶対は無いけど、シンザンは絶対だったのですわ・・・19戦15勝、二着4回。19戦も走って一度も連対を外さなかった・・・無敗の馬はだいたい10戦くらいしか走ってないので、この19戦は異常事態です。


 ほいでメイズイ、なんですが、メイズイは強いだけでなく、最高にかっこいい馬、グッドルッキングホースでも一位になっている馬。美しい馬といえばメイズイだったようです。三冠確実と言われながら、菊花賞、単勝1.0倍、ツインターボばりの大逃げをぶちかまし、直線失速、まさかの敗戦をしました。

 JRAが三冠おめでとうのくす玉を用意してたとかなんとか・・・、このJRAが先走ってお祝いを用意するといつも非常に良くないことが起こります。勝ったレースじゃなくて負けたレースが記録に残るタイプの馬、メイズイを見てみたかったなぁ・・


 そしてハイセイコー。

 誰もが名前を知ってる馬、けど現代の人はハイセイコーがなんでそんなブームを生み出したのか知りませんでせう。

 ハイセイコーは大井競馬、地方出身なのです これに尽きるといっても良い、オグリとおなじように地方から中央へ殴り込み、雑草魂、成り上がり伝説ってことです。この時代、日本が経済大国にのし上がっていく時代で、地方からぎゅんぎゅん東京めがけて若者が押し寄せる、当然地方出身者はハイセイコーに全ツッパするに決まっている。

 またハイセイコーは白の勝負服に白のブリンカー、遠くからでも見分けがつきやすく、走り方もキレイってのもあります、初代アイドルホース。

 だけど神話は崩壊、ダービーで連勝記録は途絶えます、そっから勝てなくなってしまい低迷、終わったかと思いきや、宝塚で復活。

 地方から成り上がり、挫折、ライバルタケホープとの死闘、感動的復活、まさにマンガです。オグリもまったく同じパターンです、ハイセイコーがオグリと違うのは、種牡馬としても、結果を残しました。

 子供であるカツラハイセイコーがダービーを制覇、ハイセイコー伝説、完。