2018年3月6日火曜日

2015 the Martian オデッセイ

 火星に1人残されてしまった宇宙飛行士を救い出す。

という一行で説明出来るタイプの映画です。映画は一行で説明出来るもののほうが良いというのはよく言われること、とくに売上的な問題で。映画ってのは長くて3時間しかないわけで、3時間で語れること、に焦点を絞ったほうがいいので。


 最近こういう宇宙サバイバル、みたいな映画が流行ってるのですね、そんな最近ってわけでもないですが。ゼロ・グラビティもそんな感じでしたものね。

 無重力空間っぽく撮影するノウハウが完成したってことなんでせう。


 けどこの映画の火星がどうも火星っぽさが無い気がするのですよね、火星って地球より重力が弱いはずなんですけど、まぁさすがに地球で重力を調節して撮影するわけにもいかないのですが、やっぱ赤い土の地球で撮影してるな、っていう感じしかしません。


 ただ映画としては、なんかポピュラー・サイエンス的な面白さがあって、かなり嘘こいてるところもいっぱいあるんですけど、全然宇宙物理学なんかわかんないってヒトにも楽しめるように出来ています。

 コドモに「僕もアストロノートになる~~!」って言わせたいという為の映画って感じですね。


 こういうたぐいの映画はやっぱハリウッド以外には作れませんしね、NASAの協力が無いとどうしようもない、資料とか実際の部品とか、そういうリアリティを作れませんから。


 途中で中国の宇宙開発局もNASAに協力に加わるんですが、これが昔のアポロなんとかっていう映画と違うところですし、時代を感じますね。中国に応援を要請するんだ・・・、時代は変わったねっていうとこです。


 ただちょっと長い気がする・・・。もっとコンパクトに出来たのでは・・・。


 オトナになると宇宙開発で一番難しいのは物理的、エンジニア的な問題じゃなくて、どうやっておカネを集めるかという資金繰りの問題だってのがわかってしまうので宇宙にそんな夢を抱けないですよね、宇宙開発の8割は資金集めですから。

2018年3月5日月曜日

板チョコ 味比べ

 ワタシはカフェインを摂らないようになったので、その変わりにチョコ中毒になっておりますw
  カフェインって取ると確かに数時間は集中力アップするんですけど、その後にすごい脱力状態に陥りませんか?そっからさらにコーヒーを連発すると脳がフラフラに疲れてるのに眠れない、っていう最悪のループに入ります。
 頭脳労働者はコーヒーに頼りがちなんですけど、実はコーヒー飲むと全体の生産性は下がるってのがワタシの持論です。コーヒーショップで5年働いてたクセにワタシがいいますw


 で、チョコと言えば板チョコ、加藤一二三効果もあってちょっと板チョコブームになってる気がします。ワタシなりにレビューしてみます。


・ガーナチョコ 
  あの赤いやつで、どういうわけかいっつも大量に陳列されている、大して値段は変わらないんですけどさも安売りですよ!って感じでいっぱい並べるという戦略で売られています。ガーナ以外であぁいうふうに棚占領して並べられてるのはあんまり見ません。
 で、ガーナチョコというと植物油脂が使われていて不味い、ロッテは韓国の企業だし、気に食わないっていう意見が特にネットでは支配的。ネットってどっちかというと右寄りだし、自由で先進的な人々が使ってるようでめちゃくちゃ保守的な人間が多いというのがワタシの肌で感じた感覚。
 植物油脂かどうかなんて問題ではない、自分の舌を信じろ!とワタシは言いたいw 原材料はアレだから・・、っていうのはこの作品はシェイクスピアだから、っていうような感じでコトバに思考を支配されすぎであろう。無名の新人作家を酷評しても誰も起こらないけど、人気作家を酷評すると、わかってない、とかアンチ、だとか、ただの妬み嫉みっていう扱いをされるのと同じ。ブランドに踊らされてるのはほんとはどっち?

 なにせ舌というアナログな感覚器官をコトバで表現するのは所詮無理。
 
さぁその味とは・・・?

 ねばっとしてあまり美味しくないw 

 褒めるのでは?というフリをしといてこれが結論です。ネットの口コミ・・ただものじゃないw とにかく後味がなんか悪い。ネトネトする・・これは勧められません。

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・森永
 パッケージがかっこいい。パッケージというかフォントのがかっこいい、なんていうフォントなのコレ?アール・ヌーヴォー的なデザインを感じさせるデザイン。これも植物油脂だ、と叩かれています。ふむ・・・。

 味は甘さがちょっと控えめという感じがして、香りが良い。けどあんまりチョコ食ってる!っていう感じがしない。パンとかケーキに乗ってるチョコを食べてる感じです。主役としてやってくにはちょっと・・顔が可愛くないかな~・・、っていう感じです。

 オトナ向けですね。

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 明治


 だいたいチョコ好きは明治を推します。ピュアなチョコなんですって。チョコにピュアもクソもあるかよって思いますけども、原材料的にはこだわって作っているらしい。ただパッケージはシンプルすぎるというか、パンチがない。しかしキミ・・チョコは味だろ?


 味は良くも悪くもウルトラスタンダード。これが平均点だ!というヤツです。けど・・・、何故か料が少なく感じる、これはチョコのカット割りに問題があるようです、板チョコってなんか模様みたいなのが入っててそれに沿って割って食べると思うんですけど明治はそれが小さくて、なんかせせこましい感じになってしまう。割らないで直に食いつくのはあんまり見てくれが良くないし歯型がつくとなんか食欲が失せる。


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 ブルボン


 ブルボンに板チョコなんかあるの??っていう意見がほとんどだと思いますが、ドン・キホーテのスーパーだけで販売されてる様子。

 そしてこれがワタシの一押し。カット割りが大きくて、なんか高級なチョコを食べてるような錯覚を覚える。味がしっかりしてて、しっかり甘い、けど後味はベタベタしない。甘いもの好きにおすすめのチョコです。甘すぎるのが苦手なヒトにはしつこいかもしれません。ただそんなやつはチョコなんて食うなって話ですw せんべいでも食ってろ!


 ワタシの舌はブルボンとのシンクロ率が高いようです。

 次点で板チョコではないんですが、ダイジェスティブチョコビスケットという、わたしの一押しクッキーもブルボンです。このビスケは市販のビスケの中で一番美味いと思う、マクビティみたいな高いビスケの味がするのに安いしいっぱい入ってる、無敵かよ!

 アルフォートもブルボンなんですがこれはおすすめ出来ません、理由は一つでチョコが少ないからです。


 ワタシの死ぬほど好きなドリンクはチョコミントなんですが、チョコミントってなかなか売ってないのですよね、これはほんと死活問題・・。ブルボンさん!チョコミントドリンク!どうですか!?w

 どうもでもチョコミントにはアンチがいるようで定着しないですよねー、歯磨き粉固めて食ってるみたいっていう馬鹿舌どもがw 

1930 闇に囁くもの  the whisperer in darkness ラヴクラフト

 たぶんこれはかなりラヴクラフトチック、な作品であり、クトゥルフ系にかなり大幅な枠組みを与えてる作品です。

 クトゥルフ神話とはこういうことなり・・・、っていうふうな一冊の聖典みたいなのがあるわけじゃなくて、アンソロジー的にそれに関わる作品群が存在するっていう形でクトゥルー系が出来ているようなので、底が知れないですね。

 
 とっても気が狂った人間が考えたゲームの設定を説明されてるみたいに、ラヴクラフトが作った造語のオンパレードであり、その世界観もものすごい。冥王星ことユッグゴトフい、外宇宙、この宇宙より別の宇宙からの使者がやってきており、一種類ではなくていろんなタイプがいて、そっち側、の世界はものすごく入り組んでおり、ニャルラトホテプがいたり・・深淵が広がっておったり、惑星内の洞窟があったり・・・・

 一つ前の記事でガンパレード・マーチはとんでも超展開の設定があると書きましたがまさにそういうとんでも超展開の原型がここにあります、1930年の作品ですからね。


 ただ普通のイカれた作家の考えた設定と違うところはラヴクラフトにはやっぱり才能があって、そういうカルトチックなものが好きなヒトにはビンビン来るようなものがあります、わたしはそこまでナードチックな人間じゃないのですが、これは好きなヤツにはスゲー好きだろうなぁ・・っていうのが伝わってきます。ニャルラトホテプというネーミングもものすごい数引用されてますものね、ペルソナ2みたいにラスボス的に登場したり、ゲーム関係ではおなじみのネーミング。


 脳髄だけを手術で摘出してそれに発音モジュールみたいなのを付けることで、無限に生きられるし、宇宙観をワープ出来る。という「脳だけで生きてるモンスター」っていう今ではおなじみのイメージも、このあたりがそのオリジナルなんでしょうね。
 すごくゲームっぽい感じ、ってのをラヴクラフトにはワタシはすごい感じます。

2018年3月4日日曜日

2000 高機動幻想ガンパレード・マーチ

 かなりいわくつきのゲームです。

ある人は20世紀最高のゲームだと言うし、普通のヒトにはなんだかよくわかんないゲーム、ある人にはペルソナ3、の原型だと思われるし、サイコなゲームでもあります。


 学園アドベンチャーフェイズ、と戦闘フェイズが存在しており、学園フェイズではクラスメートと仲良くしたり恋愛したりして、戦闘フェイズではひたすら敵を倒すというゲーム。


 戦闘フェイズが、なんかスゲー昔のシュミレーションゲームのようなチープな作りで、ダンジョン探索型ターン制バトルというスタンダードなペルソナとの大きな違いはそこです。

 ワタシはなんの情報も見ないで適当にプレイした結果、Dランクとなりました。ハッキリ言って攻略情報なしでは絶対に一周目でグッドエンドにたどり着くのは不可能だと思います。自由度が高いゲームと言われますが、自由すぎます。何をしたらいいのかさっぱしわからんし、条件開放が謎すぎる。


 あとロボットがやられると故障を直さないといけないのですが、これが本当に面倒くさい、本当にただの時間泥棒、まったくおもしろくない作業を繰り返さないといけません。とにかく面倒でワタシは完全にココロが折れました。故障を直さないでいるとバトルにも参加出来ないので必然的にバッドエンドになります。


 それとワタシはなんにも知らないでプレイしたので、いきなりパイロットを配置換えになってしまったのをほっておいたのですが、これは絶対ダメです。パイロットを降ろされてたらすぐに陳情して戻してもらわないと確実にバッドエンド。でもなんの情報もなしではわかんないぜよ・・・。

 要するにバランスは無茶苦茶です、チュートリアルはめちゃめちゃ多いのですが、それでも、要するにどうすればいいの?ってのがわかりませぬ。



 攻略情報、裏技を駆使するとまったく違うゲームに変貌するようです、ワタシは実際には見てないですけど、仲間の少女が改造人間だったり、ある人が実はクローンだったり、敵は実は悪くないやつだったり、異次元の世界が存在したり、第五世界が・・宇宙が・・・実は神という兵器だったのだ・・・、おれは人間じゃない!幻獣だったのだ!はっはぁ!しかし・・実はすべてパラレルワールドの話さ・・・みたいな調子。


 冗談みたいですがグッドエンディングのほうに向かうと、そういう超展開、スーパーオカルト鬱ファンタジー、みたいな展開になるようです。普通にプレイしてても、なんか・・・なんだこりゃ・・?みたいなことが置きます、食料難になるとコドモが餓死したり、一緒にパイロットやってるヒロインがワタシは世界を征服してやるんだ、っていう電波なことを言い出したり、幻獣はほんとに悪いヤツなのかな?と言うと暗殺されたり・・・。

 そういうなんか、気が狂ってるような世界観にビリビリくるようなヒトには神ゲー!ということになるんでしょう。そうか思い出したぞ!この時代ってそうだったわ、エヴァンゲリオンロス、でなんかクリエイターがみんなおかしな方向に行ってた時代の話だ・・ってのを思い出させてくれます。世紀末の香りがします。

 
 結構文句を行ってますが、クソゲーではありません。斬新すぎる、尖りゲーですね。マニアゲーといっても良いかも。刺さるヒトには強烈に刺さるのは間違いなし、そしてシステムもものすごい斬新、実験精神に富んでいて作り込みもかなりされてます。これをもっと一般向けに昇華するとペルソナ3になるのだなーという感じ。

 ゲームっていうメディアは作るのに膨大な予算と時間がかかるわけで、実験的システム、みたいなのがすごい作りづらい業界です、だからだいたい全部同じようなゲームになりがちだし、同じようなシステムでシリーズを続けたりばかりで新しいものがなかなか生まれにくい。ゲームで挑戦的なことをするってのは決死行なわけで、それだけでも褒められてしかるべきです。


 ワタシは何周もするほどドハマリしませんでしたが、とにかくすごいゲームであるというのは確かです。万人には決しておすすめ出来ませぬ。


 あとイラストがもっと可愛げがあればなー・・、わたしこういう80年台アニメ塗りっぽい絵面がすごい苦手なんですよね、絵面で物語がちっとも入ってこないのです。ワタシ手塚治虫もほぼ呼んだこと無いのは同じ理由なんですよね、絵面がまったく受け入れられないからどんなに名作なのか知らないけれど、何も眼から脳みそに入ってこない、角膜あたりですべてブロックされちまうのです。

2018年3月3日土曜日

1920 死体安置所にて In the vault  ラヴクラフト

ラヴクラフトによる短編で、クトゥルフシリーズとは関連の無い物語。

 鈍感でやや愚鈍な葬儀屋が、死体安置所に閉じ込められてしまって・・・という話。ブラック・コメディと紹介されてますが、独特の雰囲気を持った作品。

 ラヴクラフトはグロに走らないで、雰囲気作り、を重視する作家のようです、実害とかアクションより、世界観、を大事にする、これにもそれがよく現れてますね。

2018年3月2日金曜日

1916  明暗 夏目漱石

夏目漱石最後の作品であり、作者絶命により未完。

 未完ではあるけれども漱石の中で最長の作品であり、内容的にはまだまだ続くようなストーリーなので漱石は最後に超大作を計画してた模様です。


 でその内容なのですが正直に言うとワタシにはこの作品の狙いがよくわかりませんでした、未完ってのが何よりの問題なのですけど、この作品が良い作品なのか、最後に耄碌して駄作を残してしまったのかワタシにはわかりかねます。


 こんなことは珍しくて、ワタシはだいたい、作品を読んだら自分でパっと答えが出せます、他人の意見などどうでもいい、自分なりに、あぁこりゃひどい、とか名作やなー。って自分なりに答えが出るものですけど、この作品はずっと暗中模索。この作品本当に漱石が書いてるの?って疑いたくなるくらい、今までの漱石の作品とは異色であり、スタイルとかも全く違うのです。


 まず何よりもやもやしてよくわからなくなる原因は、主人公である津田、が全然いい人間ではないのです、といって悪の華というわけでもなくて、ただたんに、レベルの低い人間というか、ステレオタイプに囚われた凡俗な人間です。
 こういうタイプの主人公に据えたことは一度もなかった漱石なので、異例中の異例。またもう一人の主人公として登場する津田の妻、延、も断罪してしまえば、単なるスノッビーのいけ好かない貴族の娘であり、全然共感出来ません。


 共感しにくい主人公を置く、というのはものすごい挑戦的です。これが成功してる例を見たことが無い。やっぱりみんな主人公に自分を重ねてしまうので、だんだんムカムカしてくるわけです。


そのスノッビーな主人公たちに対して敵として現れるのは小林、という落ちぶれた貴族であり、彼は下層階級の人間なのですが、この小林も、悪い下層階級の見本というのか、ルサンチマンに囚われた人間で、素直にいい人間では全然無い。登場人物すべて、なんかスカっとする気持ちのいい人間が1人もいない、いやな感じばかり与えるようなキャラクターで構成されています。


 小説の大半はそのスノッビー達による、しょうもない腹の探りあい、見えの張り合い、足の引っ張りあい、みたいなことで消費されています。


 清子という、その津田と過去に付き合っていたのですが、急に他の人間と結婚したという女と出会うというところで小説は未完となっています。そんな昔の女にいつまでも拘泥してる時点で津田という男は、ほんと気持ちの悪い人間というか、かっこよさが無い。津田という人物が背の高い、ルックスの良い好男子という設定がキーにもなってます。 


 でもやはり未完なので、最後の最後で、この長大なフリをすべて回収するような、ものすごいオチがあったのかも、とも言えます。それにしたってフリが長すぎやしないか?って感じなのですが、やはり未完というわけでなんとも言えないわけです。


 ワタシなりにこの未完の筋を完成させるとすると、津田が清子をレイプする、っていう結末以外に何も思い浮かばないです。そして、清子が自殺する、吉川夫人が津田にそれを隠すように肩入れする、代わりに延と離縁し自分の愛人になれと勧める、延かあるいは津田が吉川夫人を殺す。津田が絶望して最後に残される、小林が最後にほくそ笑むが、彼はすでに貧苦に倒れ野垂れ死にをしてる・・・

 というシェイクスピア風の血まみれの結末しかワタシにはこのフリを回収して面白く小説を締めくくるってことが思いつかない、あなただったらどうしますか?

 大喜利としてやってみたいですね、この小説にどうやってオチをつけるかっていう。
ただ1916年の日本として、レイプなんて筋はつけられないだろうし、どうもこの血まみれ芳年みたいなのは新聞小説としてまだまだタブーでしょう。

 どちらにせよ未完が悔やまれる作品ですね、作品の構成メモみたいなのが残ってやしないのですかね?

 

2018年2月28日水曜日

1924 壁の中の鼠 The Rats in the Walls  ラヴクラフト

ラヴクラフトの短編です、わずかながらこれもクトゥルー神話に関連する短編。内容は自分の祖先が住んでいた古い教会に、秘密の地下室が存在し、そこにいたのは・・?という物語。ダークファンタジーです。


 いわゆるハリーポッターもダークファンタジーなんですよね、剣と魔法と明るい系のファンタジーではない。だからダークファンタジーってやつは、今ではもうゴリゴリのメインストリームのジャンルになったということです。

 ラヴクラフトっていう作家は、文学的じゃないところがその良いところなんだと思います、つまりは読み手にとって楽しいように描く能力がある、面白いように描こうっていう意思がある。サービス精神ですね。
 純文学系だと、読むのが苦痛だろうがどうでもよい、作品のスタイル、コンセプト、が大事なのだ。みたいに開き直ってるものがたくさんあります。ちょっと教養の為といって世界文学などを手にとってみて、なんだこれは・・全然おもしろくない。ってそのまま活字嫌いになる人がほとんどです。
 ミルトンの失楽園、などは、ほんとにまったくおもしろくはないです。別に楽しませる為に書いてないんですよね。

 面白いことを最大限重要視するようになったのは20世紀の価値観だってことですね、どうしてそうなったのかというと、文学が商品、になったからです。それまで文学ってのはごく一部のインテリや教会みたいな宗教関係の人たちが読むもので、金儲けを目的とした商品、ではなかった。

 
 ラヴクラフトの批評とかで、文章が下手だとか、内容が演出過多みたいなことを言うヒトがいるようですが、別にそれを目指して無いからってことで非常に的外れだと思います。ファミリーカーを評価して、F1より遅い!って言ってるみたいなもんです、いやいや、全然目指してるところが違うから。