2014年10月29日水曜日
Making 181 / NBA 2014 開幕
急に絵面が変わりましたねw なんか新しい章に入ったという感じなので。
一番下のハリネズミは著者近影用のイメージ。Iはハリネズミって大好きです、なんかトモダチになろうっていう気がゼンゼンないところがw
仲良くする気が無いってのがカラダにあらわれてますものね。
///////////
ワールドシリーズが終わる前にNBAが開幕しましたね。
さて、やっぱ注目はキャブスなんですけど、えぐいくらい補強しましたねー。
もちろんレブロン、そしてラヴ! マリオン・・・カイリー、レブロン、ラブのまたもやBIG3結成ってわけです、うわー。えぐいなー。
しかしえぐいなーと去年騒がれたNETSは怪我人多発で失敗、今回も怪我さえなければ・・・って感じですけど、そりゃ怪我するぜ、って感じですからねー。
そして個人的にはやっぱBULLSですね、ガソール加入!でかいなーこれは。ノアとガソールはなんか良さそうな香りがぷんぷんする、これもやっぱ怪我さえなけりゃあですね、ローズが怪我さえしなきゃ・・・、ファイナル狙えますね。
そいで地味にMAVSもいいなって感じですね、ロケッツからパーソンズ、そしてニックスからチャンドラーを獲得して、優勝した時のメンバー並に、上手く駒が揃ってる気がする・・・。
っちゅーわけで今年のIの予想はBULLS優勝です。何年ぶり?? ただの予想というよりは希望ですけど。キャブスもやっぱ移籍組ばっかしで初年度はさすがにチームが機能しないでしょうね、HEATでもそうでしたし、やっぱ一年じゃ無理です。
2014年10月27日月曜日
ファイナルファンタジー Ⅴ 1992 ☆9.9
ファイナルファンタジーシリーズの中でも随一の完成度といわれているⅤです、Iが勝手にそういってるだけではなくて世間的にも、Vはその完成度で群を抜いているというのが一般の意見でもあるようです。
Iは個人的に思い入れがありすぎるソフトでして、FFの中っていうよりは、全部のゲームの中で一番好きなソフトでもあります。たぶん時間的に一番やったわけじゃないけど、時間でいうとポケモンとスマブラのほうがやったでしょうね。
超個人的な話ですけど、このソフトをクリアしたのは実家じゃなくて、たまたま泊まりにいった田舎だったのですね、ソフトだけもって田舎にかえって、ネオエクスデスと死闘を演じてました。当時攻略本なんてねーから、あのラスボス手前のネクロフォビア?っていうボスを倒せばセーブポイント出現なんてことを知らないから、いちいち、ツインタニア、ギルガメッシュ、戦を繰り返してエクスデス、ネオエクスデスと戦ってましたね。戦い方を調べるにもこれもネットなんて存在しませんから、全部のジョブを試して、全部の攻撃を試して、銭投げこそ真なり、っていう答えを得るのに超時間かかりました。
侍2人、白魔道士2人という超ローテクなパーティで戦ってましたねー。今のネット攻略が基本の人々は絶対それよりはマシなパーティ組むでしょう、召喚士とものまね三連発でバハムート連打とかさ、でもそんなアイデア小学生に思いつくわけないわけですし、第一ものまねしなんてジョブ回収してないし。
べつにちゃんとやればそこまで激ムズってわけではないと思うのですが、Iのキオクの中にネオエクスデスはずっとトラウマとして残っているのです、最強のボスというとあのグロいイキモノが浮かんできます。
超久々にもう一度やってみたのですけどやっぱキオクが間違ってるとこがありますねー。Iはすげぇ最後のバトルでラストエリクサーが三個くらいしかなくてそれをいつ撃つか、で悩んでたキオクがあるんですけど、ラストエリクサーが登場するのはⅥからなんですよね、一体何と勘違いしてたんだろー???
それとやっぱ当時はガキですから、セリフなんて一切読んでないってことに気づきますね、そうだったんだ!って思わされることがめっちゃありました、神竜ってのはオメガを倒す為に未来かどっかからやってきたんですってね、じゃあラグナロクを守ってないでオメガを倒しにいけよ。
もちろんゲームとしての完成度はこれも抜群なんですけれど。アビリティシステムのおかげで自分の好きなジョブを最後まで使えますし、どれもなかなか強く出来る、薬師とか、踊り子とか、使い道なーー、って思えるようなジョブでも実はものすごい能力があったり。
それよりなによりもIはこのゲームの始まり方が大好きなんです
風が止まった・・・
風が止まって空気がよどみ、水の力が弱まり、火の力は衰え、世界は少しずつ滅びていくだろう。
なんかこの、風が止まる・・・、っていう感じ、世界が少しずつ滅びを迎える感じ、これがものすごーーーい当時の時代とマッチしてたっていうか、シンクロしたんですよね、風が止まったんだ!えらいこっちゃやで!って。
その終末感、だけど一気にそれが訪れるのじゃなくて、少しずつ世界が蝕まれていく、その感じ、すげー良い。第三世界のワールドマップもそういうわけで、世界が滅びていってますのでしっとりとした物悲しい音楽なんですが、その曲が本当に好きです。Ⅴは音楽の完成度も随一だと思いますね~・・・。
少しずつ終わりゆく世界のうら寂しさってのはこの文明に生きるIたちそのものだって気がしますものね。
エンディングもネタバレですけど、ものすごい凝った作りなんですね、ものすごい長いしw 30分くらいエンディングがあるんですよね、交響曲を全部聞くことになる。Ⅳはもっとあっさりしてたけれど。その演出も良いです、クルルが手紙を書いてその後の世界についてのことを書き綴るっていうことで・・・
このゲームはしかも最後のパーティが、男1人と女三人、っていうハーレム状態になるのも珍しいですよね、ほとんど女じゃん、っていうのは、他にないですよねそんなゲーム。1人は旅人、王女、行方不明になった王女だけれど、男装趣味の女の子、そして死んだ王の孫娘。Iはなんかひねくれたフェミニズムみたいなとこがあって、実はこういうのが好きなんですねー。
特にファリス、は実は女だったんかい、っていうキャラのハシリだった気がしますねー、わーじゃあ戦士にしなきゃよかったー、召喚士にすればよかったー!ガラフ死ぬんかい!もぉ!召喚士三人になっちまったじゃんか!ってなる。
これも超個人的話ですが、FFⅤというとIの中でクーラーってのもあります、当時クーラーが家庭に一般的になった時代でFFⅤを買った頃とクーラーを買ったのが同じだったので、クーラーの効いた部屋で初めてプレイしたゲームでもあるわけですな。でもほんとやっぱ、あれってⅤじゃなかったっけ?ってのがものすごいあるなー・・・トンベリってⅤじゃなかったんだ・・・。
2014年10月18日土曜日
1995 カービィのブロックボール GB
ゲームボーイ。
ゲームボーイって違和感無く聞こえますけど、ゲームボーイってゲーム少年ってことですよね、ゲームママとかゲームパパはどこにいるわけ?しかも超少女を差別してますよね、ゲーム・キッズにすりゃいいのに、何か版権に引っかかったのか?
ともかくGBのカービィのスピンオフの1つでして、ブロックボールとはブロック崩しです。超古典的なゲームであるブロック崩しとカービィの世界観とシステムを混ぜてみましたってわけですが、任天堂ってやっぱ天才集団ですよね。そういうふうに、規制の古典的なシステムにキャラクター世界をかぶしていけば、新しいものになる、コンポジション(構成)こそがクリエイションなんだっていうことです。やっぱソニーとかは電気メーカーだから技術屋集団、任天堂ってやつは、アイデアで勝負するクリエイターなんですよね、それとカネをかければいいもんじゃない、安くていいものこそ良しっていう関西のノリがでかいのかもしれません。
ただゲームはすぐ終わります。それはまぁROMの要領的な問題です。それにしたってゲームが携帯出来るってのが、世界がグラグラしちゃう衝撃ですよね。やっぱしポケモンがゲームの主戦場をモバイルに変えたんでしょうなー。いちいちでかいハードのゲームをやるのが面倒臭いですものね。
母親にアダプターを捨てられるってこともなくなりましたし。
ゲームボーイって違和感無く聞こえますけど、ゲームボーイってゲーム少年ってことですよね、ゲームママとかゲームパパはどこにいるわけ?しかも超少女を差別してますよね、ゲーム・キッズにすりゃいいのに、何か版権に引っかかったのか?
ともかくGBのカービィのスピンオフの1つでして、ブロックボールとはブロック崩しです。超古典的なゲームであるブロック崩しとカービィの世界観とシステムを混ぜてみましたってわけですが、任天堂ってやっぱ天才集団ですよね。そういうふうに、規制の古典的なシステムにキャラクター世界をかぶしていけば、新しいものになる、コンポジション(構成)こそがクリエイションなんだっていうことです。やっぱソニーとかは電気メーカーだから技術屋集団、任天堂ってやつは、アイデアで勝負するクリエイターなんですよね、それとカネをかければいいもんじゃない、安くていいものこそ良しっていう関西のノリがでかいのかもしれません。
ただゲームはすぐ終わります。それはまぁROMの要領的な問題です。それにしたってゲームが携帯出来るってのが、世界がグラグラしちゃう衝撃ですよね。やっぱしポケモンがゲームの主戦場をモバイルに変えたんでしょうなー。いちいちでかいハードのゲームをやるのが面倒臭いですものね。
母親にアダプターを捨てられるってこともなくなりましたし。
2014年10月16日木曜日
1990 ファイナルファンタジーIII SQUARE ☆9.5
ファイナルファンタジーⅢは実はIはファミコンの中ではたぶん一番好きです。ジョブシステムというファイナルファンタジーといえば、みたいなシステムが搭載されたⅢ。
特にその終盤っつーかラストダンジョンが、悪名高くノーセーブポイント地獄、そして地獄のボス5連戦、しかもあんこくのくもがいや~な強さなんですよね。いやラスボスがまぁまぁ強いのはいいとして、ノーセーブがやりすぎってくらいながーーーーく続くので、気軽にラストダンジョンに突入すると必ず徹夜ってことになります。どんなにサクサク進めても、クリスタルタワー、エウレカ、闇の世界、と3つのダンジョンをノーセーブでクリアするのには8時間くらいかかるんですよね。
今そんなゲームがあったら、こんな明らかに目を悪くするようなゲームはダメだって事になるのですけどね。
しかも超しょうもないほのおのまじんX3にバックアタックをきめられて何もしないで負けるっていうのでまたはじめからやり直しみたいなこともありまして、ひりつく緊張感を味合わされます。また当時のファミコンってのはスーパーデリケートマシンですので、ちょっとの地震、振動、停電、ペットの暴挙、猫パンチ、兄弟の妨害、などでまたサラ地に戻されたりするわけです。FFVのボスも強いですけどみんなセーブするし、しかもスーファミ版にはコテージとか回復アイテム豊富なんでいいのですが、Ⅲってやつはエリクサーもフェニックスの尾も必要最低限しか与えられておりませんので、全然回復が出来ないのですよね。あのひりつく緊張感が今のゲーマーにはぜっっっったいわからないでしょうね。そんな理不尽なゲームないもの。
別にラストダンジョン前でじっくりねっとりレベル上げすりゃ普通にクリアできるんですけど、そんなしょうもないクリアの仕方イヤですものね。
でもやっぱしもっとここをこうすりゃよかったのになーーってっとこは色々ありますね。まず特定のジョブじゃないと攻略不可ってとこが多すぎる、序盤の白魔道士、ガルーダの竜騎士、あんこくの洞窟の魔剣士、みたいに、実はジョブはプレイヤーが選べるっていうけれど、ほとんどこのジョブじゃねぇとだめじゃんってのが決まっていて、自由と見せかけた独裁によるマゾゲーです。
そいで最後のほうは結局のとこ、みんな忍者2人賢者2人、しかほとんどありえないのでここもなんかなーーーって感じです。もっとどのジョブを選んでも育てれば強くて公平に選べるっていうふうにすりゃよかったと思います。特にまったく使わないジョブが多すぎです、バイキング、狩人、学者、モンク、空手家(!?)とか、グラフィックの確認もしないで終わってしまいます。個人的に導師と魔神のデザインが好きなんですけど、賢者がすぐに手に入るので、実質20分くらいしか登場しません。召喚術も普通にプレイしてたら一切使わないで終わる。
導師というのは猫耳のコスプレにしか見えないふざけたキャラクターです。
それとこれはFFシリーズって全部そうだって思いますけど、結局最後の方、魔法キャラはケアルガ連発と前衛2人でタコ殴りってことになって黒魔法の存在意義が途中から全然ねぇのですよね、それはシリーズ通して全部そうだと思います。フレア、ホーリー、メテオ、みたいなのは一切使わないで終わる、Ⅳはメテオはなんか魔法というよりはイベントみたいな感じですけど、けど結局リディアも最後はすぐに死んで倒れてるだけだしな・・・
あとちょっと弱いのは主人公たちが固有名を持たない全員同じ素材のクローンみたいなキャラなので、感情移入が一切不能ってことですね。全員同じです、性別すらもわからない。それなのにサラ姫というのが好意を持ってくれるのですけど、いや4人全員同じやつのどれが一体好きになったのかわからん。って感じになります、導師とかのジョブは女の子っぽいのに、いかちー暗黒剣士にもなれたりして、性転換が気軽に出来るのもいかがって感じ。
それがなんとなく、泣けないっつーか、いやだから誰のコトを言ってるの?みたいになりますね。リメイク版ではそれは完全に改められましたけどね。(今みたいに同人受けを狙って美少女キャラを絶対1人はいれなきゃいけないっていうルールが当時は無かったのですね)
けどやっぱしすげー思い入れがあるソフトです、FFVの原形でもありますし。レトロゲー、といいますけど最近はDSとかケータイとかでリメイクされてますので、古いゲームの話しってわけでもないみたいですね。けどやっぱそれじゃああのファミコンでラストダンジョンを戦うヒリヒリした感じは味わえませんな、ゲーム外の敵が多すぎるのだもの。いつまでゲームやってんだ!って親にアダプターを投げられたキオクなんて今のガキには無いであろう。
まず第一、音楽とかのクオリティが高いのにひいてしまいますね、全然ちゃう・・・こんなんFFⅢじゃない!って。
それとやっぱ思うのは自分のキヲクが何かを特別にするんでしょうね、ゲームの良し悪しはゲームのソフトの中のことだけじゃない。今まで自分の生きてきたキヲクが、それと重なって感動する、キヲクがゲームを感動に変える。おっさんが昔のことが良かったというのはやっぱ当然で、生きてきた歴史があるんだもの、そりゃそうだって思う。感動の源泉ってのは生きてきた歴史で、それが無いヤツは感動なんて出来ないのでしょうね。
特にその終盤っつーかラストダンジョンが、悪名高くノーセーブポイント地獄、そして地獄のボス5連戦、しかもあんこくのくもがいや~な強さなんですよね。いやラスボスがまぁまぁ強いのはいいとして、ノーセーブがやりすぎってくらいながーーーーく続くので、気軽にラストダンジョンに突入すると必ず徹夜ってことになります。どんなにサクサク進めても、クリスタルタワー、エウレカ、闇の世界、と3つのダンジョンをノーセーブでクリアするのには8時間くらいかかるんですよね。
今そんなゲームがあったら、こんな明らかに目を悪くするようなゲームはダメだって事になるのですけどね。
しかも超しょうもないほのおのまじんX3にバックアタックをきめられて何もしないで負けるっていうのでまたはじめからやり直しみたいなこともありまして、ひりつく緊張感を味合わされます。また当時のファミコンってのはスーパーデリケートマシンですので、ちょっとの地震、振動、停電、ペットの暴挙、猫パンチ、兄弟の妨害、などでまたサラ地に戻されたりするわけです。FFVのボスも強いですけどみんなセーブするし、しかもスーファミ版にはコテージとか回復アイテム豊富なんでいいのですが、Ⅲってやつはエリクサーもフェニックスの尾も必要最低限しか与えられておりませんので、全然回復が出来ないのですよね。あのひりつく緊張感が今のゲーマーにはぜっっっったいわからないでしょうね。そんな理不尽なゲームないもの。
別にラストダンジョン前でじっくりねっとりレベル上げすりゃ普通にクリアできるんですけど、そんなしょうもないクリアの仕方イヤですものね。
でもやっぱしもっとここをこうすりゃよかったのになーーってっとこは色々ありますね。まず特定のジョブじゃないと攻略不可ってとこが多すぎる、序盤の白魔道士、ガルーダの竜騎士、あんこくの洞窟の魔剣士、みたいに、実はジョブはプレイヤーが選べるっていうけれど、ほとんどこのジョブじゃねぇとだめじゃんってのが決まっていて、自由と見せかけた独裁によるマゾゲーです。
そいで最後のほうは結局のとこ、みんな忍者2人賢者2人、しかほとんどありえないのでここもなんかなーーーって感じです。もっとどのジョブを選んでも育てれば強くて公平に選べるっていうふうにすりゃよかったと思います。特にまったく使わないジョブが多すぎです、バイキング、狩人、学者、モンク、空手家(!?)とか、グラフィックの確認もしないで終わってしまいます。個人的に導師と魔神のデザインが好きなんですけど、賢者がすぐに手に入るので、実質20分くらいしか登場しません。召喚術も普通にプレイしてたら一切使わないで終わる。
導師というのは猫耳のコスプレにしか見えないふざけたキャラクターです。
それとこれはFFシリーズって全部そうだって思いますけど、結局最後の方、魔法キャラはケアルガ連発と前衛2人でタコ殴りってことになって黒魔法の存在意義が途中から全然ねぇのですよね、それはシリーズ通して全部そうだと思います。フレア、ホーリー、メテオ、みたいなのは一切使わないで終わる、Ⅳはメテオはなんか魔法というよりはイベントみたいな感じですけど、けど結局リディアも最後はすぐに死んで倒れてるだけだしな・・・
あとちょっと弱いのは主人公たちが固有名を持たない全員同じ素材のクローンみたいなキャラなので、感情移入が一切不能ってことですね。全員同じです、性別すらもわからない。それなのにサラ姫というのが好意を持ってくれるのですけど、いや4人全員同じやつのどれが一体好きになったのかわからん。って感じになります、導師とかのジョブは女の子っぽいのに、いかちー暗黒剣士にもなれたりして、性転換が気軽に出来るのもいかがって感じ。
それがなんとなく、泣けないっつーか、いやだから誰のコトを言ってるの?みたいになりますね。リメイク版ではそれは完全に改められましたけどね。(今みたいに同人受けを狙って美少女キャラを絶対1人はいれなきゃいけないっていうルールが当時は無かったのですね)
けどやっぱしすげー思い入れがあるソフトです、FFVの原形でもありますし。レトロゲー、といいますけど最近はDSとかケータイとかでリメイクされてますので、古いゲームの話しってわけでもないみたいですね。けどやっぱそれじゃああのファミコンでラストダンジョンを戦うヒリヒリした感じは味わえませんな、ゲーム外の敵が多すぎるのだもの。いつまでゲームやってんだ!って親にアダプターを投げられたキオクなんて今のガキには無いであろう。
まず第一、音楽とかのクオリティが高いのにひいてしまいますね、全然ちゃう・・・こんなんFFⅢじゃない!って。
それとやっぱ思うのは自分のキヲクが何かを特別にするんでしょうね、ゲームの良し悪しはゲームのソフトの中のことだけじゃない。今まで自分の生きてきたキヲクが、それと重なって感動する、キヲクがゲームを感動に変える。おっさんが昔のことが良かったというのはやっぱ当然で、生きてきた歴史があるんだもの、そりゃそうだって思う。感動の源泉ってのは生きてきた歴史で、それが無いヤツは感動なんて出来ないのでしょうね。
2014年10月15日水曜日
Led zeppelin fool in the rain 1979 in through out the door 和訳 解説
はじめに言っときますけどこれは長い記事になるぜw 難しい曲・・・
とりあえず歌詞の和訳から始めましょう
[Verse 1]
Well there's a light in your eye that keeps shining
Like a star that can't wait for the night
ん~、Uの瞳の中にはずっと光が輝いている
まるで夜が待てない星みたいにずっと
I hate to think I've been blinded baby
Why can't I see you tonight?
Iは盲目になってしまったんじゃないかって思うよ
どうして今夜会えないってわけだ
[Verse 2]
And the warmth of your smile starts a-burning
Uのスマイルがくれる温かさが炎のように燃えて
And the thrill of your touch gives me fright
Uのタッチがくれる戦慄に恐怖する
And I'm shaking so much, really yearning
Why don't you show up, make it all right?
Yeah, it's all right
Iはガタガタ震えて、ものすごい禁断症状、どうして来てくれないんだ、それですべてを良かったってことにしてくれないのか
[Verse 3]
And if you promised you'd love so completely
And you said you would always be true
You swore that you would never leave me, baby
What ever happened to you?
もしUがこの愛は完全なものだって約束してくれるなら
いつもいってるように真実を貫いてくれるっていうなら
絶対にIを捨てないって言ってたじゃないか
一体全体何が起こったっていうんだよ
[Verse 4]
And you thought it was only in movies
As you wish all your dreams would come true
それはUは映画の中だけの話しだっていうんだろ、すべての夢が叶うなんていうこともさ
It isn't the first time believe me, baby
I'm standing here feeling blue
Yeah I'm blue
Iを信じてくれるのはこれが初めてじゃないだろ、ここにIは立ち尽くしてるんだ、まったくヒドイ気分、ひどいブルー・・
[Verse 5]
Now I will stand in the rain on the corner
I'll watch the people go shuffling downtown
街角でずぶ濡れになって立ち尽くしている
ダウンタウンへドブネズミみたいになって人々が行くのを見てる
Another ten minutes no longer
And then I'm turning around
もう10分もしないうちに
Iもどっかに立ち去ることにしよう
[Verse 6]
The clock on the wall's moving slower
My heart it sinks to the ground
壁掛け時計の動きはのろのろ遅く
Iの気分は地べたを這う
And the storm that I thought would blow over
Clouds the light of the love that I found
嵐はIが見つけたものをふっ飛ばし、雲はやっと見つけた愛っていう光を曇らせ
[Verse 7]
Now my body is starting to quiver
And the palms of my hands getting wet
カラダはガタガタ震えだし、手のひらはびしょびしょになってる
I've got no reason to doubt you baby
It's all a terrible mess
Uのことを疑うような理由は何もない
全部何かとんでもない間違いなんだろ
[Verse 8]
I'll run in the rain till I'm breathless
When I'm breathless I'll run till I drop, hey
雨の中に息が切れるまでかけだした、息が切れたらもっと走って意識を飛ばしてしまう
The thoughts of a fool's kind of careless
I'm just a fool waiting on the wrong block, oh yeah
バカの考え休むに似たり、Iってやつは違うブロックで待ち合わせを間違えたんだな
Light of the love that I found
愛の光をまた見つけた
FOOLがただたんに雨の中で待ち合わせの場所を間違えていて、最後に恋人を見つけた、と、普通には受け取れますが。なんだろ~、まともじゃない感じもする。
なんかいもしない恋人がいるって信じきってるヤヴァいヤツみたいなようにも聞こえますよね、
light of love i found
なんてセリフはちょっとキショイですもの。
さぁリリック的にはそんなに難しく無いのですけどこの曲の構成はメチャクチャ入り組んでるっていうかぱっと聞いても全然わかんないですよね、相当なリズム感の持ち主です、ただ聞いただけでこの曲がわかったら。
まず始まりからうぇっ!?って感じのリズムですよね。
実はこれはメロディラインは2ビート(ハーフタイムのリズム)、のリズムBPM が4分音符で190くらい。でリズム隊は12/8の三拍子、っていうかもっと詳しくいうと、6拍子のちょっともたついた感じのシャッフルを叩いているのです、そのしかもシャッフルってのが、ジョン・ボーナムっていう稀代の天才ドラマーが叩くと、ものすごい独特のリズムです。
つまり2 / 6 のポリリズムで曲が始まるので、不思議なノリなんですね。
で、それだけで終わらず、2:30 くらいからはサンバのブレークが入ります。これは上の2ビートに下のリズムが合わせて、完全にサンバになる、BPM、は236くらいでめちゃ早い、+パーカッションラインは、アゴゴ、ティンパニがべつどり、カウベルのアドリブ、ボーナム氏のバイテン、ってわけで複雑なリズム、そっからまた2ー6のポリリズムです。
ちなみにジミーペイジのソロの、16ビートの感じはMXR Blue Box、っていうファズのエフェクターを使っております、けどそれだけではこんな感じの音にはなりませんでしょうな・・・。
コーラスのギターは12弦ギターですけど、12弦ギターは下手なヒトが弾くとスゲー音が綺麗に出ないものです、当たりまえですけどJPはギターが上手い。
こんなに凝ったような曲を作るのはZEPしかいませんでしょうな。最近の曲でここまで一曲の中に詰め込みまくった曲ってのはほんと聞けない。一曲の中にここまでいろんな要素を含んでませんものね、ほとんどワンテーマで曲を作ってます、一ヶ月か二週間で作ってるもの、この曲はどうやっても3ヶ月がかかりそうな感じです。ZEPっていうのは、基本がしっかりしてるバンドだって思います。ZEPはロックから一番遠いところにいるのかもしれませんね、音楽学校の超優秀なエリートたちが作った、みたいな曲。
ジミーペイジってヒトはもともと凄腕のスタジオ・ミュージシャンで、彼が腕利きの人材をスカウトすることでZEPってのが出来てますから、もちろん技量だけで選ばれているだけにものすごいテクニクシャン集団です。(ジミーペイジはプロデューサーも掛け持ちですし) けどロックキッズにとっては、そんななんだろー、超エリートみたいな音楽は、確かに曲の完成度はものすごいですけど、ちょっと自分たちとかけ離れているのですよね。ロックはハートだろ、魂だろ、みたいなことを言いたがるヒトは多い、自分たちに技術が無いからそう言わざるを得ないんですけど、リスナーたちにとってもそれは同じで、あまりにもかけ離れている上手さは親近感がわかないですよね、ちょっとギターを手にして練習してもジミーペイジにはなれないし、学園祭でボーナムのギターは叩け無い。この曲は特にやろうとしたらボロッボロになります。まず曲のカウントからして入り方がわかんない。それは素人がパガニーニのヴァイオリンが弾けないのと一緒、ヴァルトゥオーソすぎるんですよね。
というわけでこの時代ってのはキッズたちはパンクだったわけです、ピストルズやクラッシュのほうにキッズ達は向かっていてZEP=おさーん、の音楽っていう構図だったのです、それは今でも変わらないと思います、ギター雑誌とかでもおっさんは今でもZEPこそ良し、っていう態度を崩さない。OASISの曲ってのは、基本的にはピストルズです、キッズに人気のグリーン・デイやらオフスプリング、みたいな曲も、原形はパンクのピストルズ、また日本のバンド、ってのの曲も基本的にはピストルズです、BUMPの初期のアルエみたいな感じ。あぁいう曲調はやっぱしキッズには一番わかりやすくて一番響く、ただテンポがどんどん速くなっていったくらいなもので、ずーーーーっとそのスタイルってのは基本的には今でも一緒。まずだいたいにおいてキッズはシャッフルのリズムを聞かない。IはPUNKってのはやっぱスゲー発明だったと思いますね、ロックの後に起きた本当のムーブメントってのは実はたった1つでパンクだけだって気がします。だってパンクってのは練習が必要無いのですもの。音楽は技術ではない、ってのは今では普通に聞こえるけど、言ってることはムチャクチャです、音楽の歴史をひっくり返す無茶苦茶さです。
ともかくZEPはもう落ち目なんじゃないのか?ってころに発売されたのが in through out the door、っていうアルバムです。
アルバムタイトルも英語がわからないヒトには文法的にイミフですね。IN なのかTHROUGHなのかOUTなのか、ドアのどこにいるのかわかりませんな。
たぶん
ドアを開けて外に出ていこうとする、という状態にいる。
って意味ですね。というのはこの時期のZEPはその時代的に時代遅れなものになってたってのも1つ、またヴォーカルのプラントの息子が夭折してツアーもキャンセル、また税金逃れをしていて英国での営業禁止、ドラマーのボーナムはアル中、他はまぁドラッグにどっぷりってことですね。マンガみたいな最悪の状況、そっから抜け出す、という状態、にいるのだ。ってことです、BREAKING FREE、っていうふうにたった二言で片付けてしまうQUEENとは違うんですね。
ちなみに1980年にボーナムが死んでZEPは空中分解しました。だからこれが実質最後のアルバムになったってわけです、ボーナムがいないZEPなんて、ペイジのオナニーバンドになってしまいますからね、ZEPといえばボーナム、なんです、QUEENといえばフレディってくらいボンズのドラムが聞きたいだけでZEPを聞いてましたからね。
この後に発売されたCODAは未発表音源のリマスターですから。
けどやっぱりZEPの存在は大きかったですよね、パンクの仮想敵ってのはZEPしかいませんでしたもの、敵がいないパンクは何に反抗すりゃいいかわからなくなってしまって、どんどん自傷行為みたいな調子になってしまいましたからね。ZEPなんて大っ嫌いだ、っていう人もいるし、ZEPこそがビートルの後の音楽のすべてだっていう人もおる。それがやっぱ大事で、あんなバンド大っ嫌いだ!っていう存在ってのは大事ですよね、それは実はリスペクトもあるわけですし。今みたいに、音楽自体に特に興味無いってのは一番悪い。
これもちなみに1980年というとジョンレノンが死んだ年です、80年代ってのはほんと音楽の迷走時代でして、そしてアイドルの全盛期です。ピストルズがロックは死んだって言って、ほんとに死んだって感じだったわけですね。
2014年10月14日火曜日
Making 180
やぁ、仕事してるなぁw ウソです。貯まってただけ。
台風接近中、めっちゃ暑くなってきた・・・、もぉ天気めちゃくちゃ・・・、朝はかなりの寒さやったのに、今はもう25度近いのだものなー・・・、なんやねん!ですね。
2014年10月10日金曜日
1984 丸尾正広 少女椿
よくコアなマンガ屋の、そのなかでもコアな本棚に、コアな本が売ってるものです、エロ本とはまたひと味違う、コアなファン向けのコアな本です。
ガロのバックナンバーを扱ってるようなディープな本屋ですよ。
そのコアな本棚の常連がこの丸尾正広だって思います、絵をみたら、あっ!これか!こんなん誰が買うねん、けど中身がちょっと知りたい、みたいな。
絵面は月岡芳年と大正ロマンの組み合わせみたいな感じです、100%ガキ向けではありません。エログロ怪奇漫画みたいなものですが、楳図かずおみたいな、作者はそれでもまともなんだろうなというのがありません、あー、作者もヤヴァいヤツか。って感じ、何一つ勧善懲悪ではない。しかしそれがスカッとしてて良い気もする。見世物小屋のフリークショーっていう一応の場面設定はあるけれども、基本的には、少女のみどり、がいろんなキチガイにファックされまくるってお話です、でも絵面はかなり凝っていて、あー、こぉいう作画ってのもあるよねーって感じ。何よりマイナス方向にしろエネルギーはこもってます、ともかく熱量はあるってのがすぐわかります。
不思議の国のアリス、もっと古くは赤ずきんから、少女をいじめるだけの小説、サディスティックな変態作者による、少女嬲りものってのは、根強い人気があります。少女をムチャクチャにしてやりたいってのは誰にもある黒い欲望ですから。ナウシカだって、EVAだっていってみればこの少女嬲りものに属するわけです、結末として幸福になったり不幸になったりの違いがあるだけで。別にそれは男だけにあるってわけでもなく、意外とこういうジャンルは女にもファンがいたりします。というか女のそれのほうが止めどがないと言われまする。呂布人という有名な中国の悪女は、恋敵の女の四肢切断し、目玉を潰して肥溜めの中に入れて、うんこを食べさせたというお話がありまする。中国黒歴史w
この伝説を上回る嫌な話しってのをあまり聞きませんね、魔女狩りにしたって、そこまではしたという話しは・・・・まぁ拷問ってのは突き詰めていくと限り無し。バタイユみたいなことですね。
けどそんなエログロの歴史みたいなことが言いたいのではなくて、最近こういうエログロ路線、猟奇路線が再ブームなんですね、エログロブームといえば戦前1930年頃に江戸川乱歩を旗手にしてスゲー盛り上がったんです、EVAはやっぱエログロ路線ですからね。
リョナ、というヲタク用語があって、猟奇的オナニー、の略です。こういうエログロ路線が静かなブームになってる、それはつまり今の気分が戦前のムチャクチャな気分に似通っているからなんでしょうね。まったく未来に希望が無いからムチャクチャなお話のほうがすっと入ってくる。
けどそれって、ちょっと面白い時代になったきたってことでもあるのですよね、シュールレアとか表現主義、アヴァンギャルドが受け入れられるのはそういう時代です。大衆文化が衰退しまくってる昨今、そういうディープなものが作られる素地があるのかもしらん、1930年代というと実はものすごいアートの世界では盛り上がりを見せた時代なのですよね。
登録:
投稿 (Atom)

















