2018年3月22日木曜日

1883 宝島 スティーヴンソン

  わたしはこういうエンタメ小説の古典ってのに何故か手を出して来ませんでした。ハックルベリー・フィン、トム・ソーヤーの冒険・・・。
 ワタシの読書歴っていうのは、まず世界文学全集ってやつを読んでみるか、世界の最高峰を集めたんだから良いものに違いないってことで始まってますから、だいたい世界文学にはエンタメ小説は入ってこないんですね。

 世界文学は一応純文学っていう扱いだと思うのですけど、純文学の定義は変遷しまくっています。ダンテやミルトン、は明らかに純文学っていう扱いだと思うのですけど、内容は宗教物語、みたいな感じ、あるいはシェイクスピアもこれは純文学だってことになるのかもしれないけど、エンタメ的な要素を多分に含んでいる。というか演劇、なので文学ではないとも言える。ユーゴーやデュマは明らかにエンタメ小説なのに世界文学に含まれているけど、スティーヴンソンはたいてい入っていない、マーク・トゥエインとかも外れる。

 世界文学ってのは一体なんなん?ってのは世界文学を全部読んだワタシにもわかりません。だいたい20世紀中盤以降の作品は含まれていないし。


 さて世界文学批判はいいのですけど、宝島、だいたいあのカリブの海賊・・、みたいなのオリジナルはおそらくこれなんですよね。もちろん伝説の海賊の埋めた宝物をめぐる冒険物語なんですが、物語の展開、ってのはかなりえぇ~そうなる?そういう展開?っていう普通の予想、をかなり裏切って来ます。だいたいこうなるだろうな・・、という読みての予想をあえてなのか外して、なんでそっちから手を出す?っていうやり方を取ります。
 それがこういう古典として生き残っている理由なのかもしれません。

 ただ海洋用語っていうのはやっぱり帆船に乗った経験の無い人間にはどうも絵が描けないですよね、艫綱がどうしたとか、船舷がどうしただの、向かい風でメインマストが・・と言われても、全然わからん。現代で帆船に乗る経験ってのをすることはほぼ不可能なのでね。自分のカラダで体感しないと全然伝わらないものですからなぁ・・・。

 子供向けの本では全然無いです、結構ガシガシヒトが死んでいくし。


 しかしこういう海賊ってのはほんとうにいたのかなっていっつも思います、ドレークだの実際に海賊がいたってのはわかるんですけど、いわゆるこういうノリの海賊、ヨーホーホー、あるのはラム酒ただ一本!みたいなヤツラ。現代だって海賊はいますけどただのボートに乗ったギャングで、歌なんて歌わないし独自の文化とノリもない。


 17、18世紀っていうのは大航海時代、冒険の時代です。日本はもちろん鎖国で冒険をしなかった。本当にこれが悔やまれる。目先の安定と平和を求めて冒険をしないってことは、本当は確実に滅びの道を歩むリスキーな行為なんですね。殻に閉じこもって新しいものを見つけようとしない。
 日本にも大航海時代があれば、もっと面白い物語や冒険譚があり、たぶん現代の私達にも帆船のノウハウが残されていて、おいスターボードじゃねぇか!みたいな帆船を元にした言い回し、も残ったハズですから。何してくれてんねん江戸幕府!w