2012年3月17日土曜日

L'Ettranger  文字コンテ ep8

                                                        8 dissolve

 アキ(ともかく私達は、火星を目指す事になった。私は俊の過去をちょっと調べてる間に(卒業アルバムなどを貸してもらった)海里について知った。というかたまたま読んだ科学雑誌に彼女が載っていて、俊と同じ学校だったとわかったのだ。電話してみるとすごく気があった、というか・・私は自分よりも一瞬で優れているとわかるような人間にはほとんど会ったことが無かったから新鮮だった、学校でも自分より勉強が出来る人間はほぼいなかったし・・・ルックスにしたって、性格は私はかなりずれてるし、身持ちも悪いけど。ともかく海里は・・オイラーの定理を自分で見つけられるタイプの人間だった。私が逆立ちしたってかなわないヒトだ、しかもなんだろう、顔立ちのデザインとかではなくイノセンスがある。たぶんオナニーすらしないんだろう・・まさしくピエタみたいに・・・。恋をするってこんな感じなのかもしれない、私が男だったらこんな子を好きになるんだろうな。
 
 そして海里はウル志願者だった。それも火星で・・・

 海里「・・火星に行くための技術的障害はほとんどなんにもない、ホーマン軌道計算だって、ロケット技術だって、何一つ新しい発明は必要無い。じゃあなんでやらないかっていうと予算が無いから、あと安全が保証できないから、もっと言えば行く意味が無いから。私は火星に最初に立ちたい、色んな理由があるけど・・突き詰めていけばただそれだけなの、火星に直撃してそこで死んでもいい、むしろ死にたい。安全性を無視してもいいし、帰りのペイロードも考えなくていいとすると相当の低予算で行けるはずなんだ、ほとんどの予算をロケットに詰め込むから・・・それに、液体でなく化学ロケットだし。10万ドルで火星に行く。コロンブスがボロ船で大西洋を横断したみたいに・・・ねっウルを主題にした映画ならこんな魅力的な主題は無いんじゃないかな?」
アキ「私もうすうすはそう思ってたんだ・・、ウルをやる方法で何が一番かなって、ただビルから飛び降りるとかじゃなくて、ウルをすることによって何が出来るのかなってさ。やっぱ宇宙に行くか、革命かくらいしか思い浮かばないんだよね。・・・でもそれってただのコトバだよ、人間の・・・人間性はコトバにならないところにあってさ・・何が意味があって、何が無いか・・・」
私たちの最初の話し合いは海里の家で実施された、海里の親も教師の学問一家で、おじいさんかなんかにはかなり名のある戦争犯罪者もいたということで・・つまるところ彼らは帝国日本の一族というわけだ。没落?貴族。郊外に平屋の広い庭を持っている、まるで京都の離れにでもきたような感じ。もしくは三島由紀夫的世界観に迷い込んだ感じ。お手伝いさんなる化石でしか見たことのない生物もいらして、私の嫌いなアールグレイタイプの紅茶を出してくれた。しかし海里はまさにプラグマティックなアメリカの科学者だった。でも悪い方のじゃなくてファインマンタイプだったので安心。
海里「・・人間性?今時の若い子からそんなフレーズが出ると・・ハリウッド映画の吹き替えを見てるみたい」
アキ「そうだね、私は肉体を持った人間よりは、死んだ人間と会話してるから、死んだ人間のほうが魅力的なんだよね、ネクロフィリアなの。ともかく・・私はウルが悪いのいいのどうのこうの言いたくないし、人間の生き方についても主張したくないんだよね、私自身が感じてみたい、それが・・・どういう気分なのかってさ、わかった、行こう、火星に、片道切符で・・・、最近冒険ってコトバを聞かなくなった気がするんだよね、それは漫画だけの話でさ・・・その代わりに年金ってコトバを聞くようになった。ヒトは長く生きねばならないいって言ったのは一体誰なんだろう、古代の王も、long life to the KINGって言われたみたいだし、王が誕生する前にもそんな価値観があったのかどうか・・・」
海里「王・・?王・・・王ねぇ?紅茶嫌い?」
アキ「カフェイン中毒だから」
海里「・・・私のことをマテリアリストのつめた~いココロの持ち主だと思ってない?」
アキ「彼女はマテリアリストだから、海里もまた預言者なのか・・・古代の人間の冗談なんだけど、さっぱり意味がわからないよね」
海里「私は・・・」
海里はくるくるとシルバースプーンで新しく運ばれてきた私のコーヒーを作ってくれた。普通のインスタントコーヒーだ・・よぉく見るとこの家はがらんとしていてなんにもない。鈴木清順の映画のセットみたいになんにもない。私は海里をからかうのがだんだん楽しくなってきている。なんでかわかんないけどいじわるしたくないるタイプみたいだ。とんでもないMなのかもしれん・・・彼女は。
アキ「・・・火星に立ってみたいねぇ、おぉ自由の旗を目指せ・・・火星に旗でもたてようか?科学者ってやつは」
海里「・・・ho ho ho,どうしても私に本当の事を言わせたいみたいだね。・・・なんでなの?日本の女の子ってこんな頭良かったっけ?帰国したばっかしだからわかんないけど、何かあったのこの国?それとも、しょっぱなから私はいきなり特異点にぶちあたったの?」
アキ「たぶん後者かな、わたしはブラックホールじゃないけど」
海里「はぁぁぁぁ・・・、私は人間ってのが死ぬほど嫌い、いやもう嫌いじゃないのかも、ただもう、いや、我慢出来ない。ただ単純に我慢出来ないの、別に火星になんて行きたくもなんともないよ、火星にたどり着いて人類の重要な進歩?科学的進歩?うそばっかりだよ、そんなの、ただ単にもうここにいたくないの、地球にはもはや一立法センチも人間の生きられる場所なんかない。すべて汚されて、すべて偽物でうんざりするようなものばっかし、私は新しいロケットエンジンの開発だとかなんとかぬかしてホントは人類を全滅させたかったのかもしんない・・ここだけの話、核ロケットなんて、どうせ宇宙開発になんか使われるはずないってわかってたよ、たとえ宇宙開発をしたとして、何も変わらないよ、人間は・・・」
アキ「そうかな、たぶん私達を覆っているこの無力感や閉塞感や憂鬱の原因は、たぶんおもいっきり戦争出来ないってことが大きな原因だと思うんだけど。人類は死にたがっている気がする、親が気が狂ってうんちをもらしてるのを見ながら、あぁ死ぬってこんな無様なのかって、生きるってまったく無意味なんだって私たちはいやってほどみせつけられてるもん。もぉバァーンって一気に死にたくなってるんだよ、でもそれには何か理由が欲しい、とっても大きな理由が。核爆弾で自滅なんていやだよ、火星軍との宇宙戦争?ほぉほぉ興味をそそる話じゃないか、さぁ地球、我が星、我が故郷の為に・・・」
海里「趣味悪っ・・・」
アキ「戦争狂だもん、作家なんてみんな、戦争を反対してるヤツが一番戦争の必要性を感じてるもの。第一、戦争以外に楽しい事なんてなんにもないじゃん、戦争を扱わない娯楽なんてあった?生きることは冷静に考えればもぉ我慢がならないくらい退屈でいやらしいものだってすぐにわかる、そうとわかれば楽しむしかない、命を弄ぶしか無いじゃんか、どんなコトバで誤魔化したって海里だってそうでしょ?」
海里「・・・わかんない、私はアキみたいには・・自分をわかってないよ。わかりたくもないし・・でももう理屈じゃなくて本当に、この星にいるのはたまらなく嫌なの、ここではないどこかなんだよ、この星で死にたくない。私は一人になりたい・・・ヒトは孤独を求める、でもそれは偽物の孤独、他人がいることの孤独、他の人間がいるのに繋がらない孤独、そうじゃなくて、本当にたった一人、この広い宇宙にたった一人・・そこにいったらどういう気持ちなんだろう?」
アキ「よそう・・、行けばわかるよ、私だって私をわかってるわけじゃない、やってみなきゃなんにもわかりはしない・・」
アキ(私は立ち上がって縁側のほうに出た、そう・・私はお茶が飲みたかったのに・・この家が恐ろしく涼しいということに外の熱気を感じて初めて気がついた。この家は死んでる、ずっと前に。
 私が話を切ったのは実はほかにも理由があった、私のココロの奥底で何か黒いシミがじわっと広がったのがわかった。私は海里が好きになってる、そして確実に彼女を失う事になる・・・この作品を作るように私を動かした本当の理由はどうやらこの黒いシミのせいらしい、海里はソファにカラダを丸くして座り込んでしまった。あんなにやせっぽちであんなに小さい、私は個人的な感傷の為に、ただ大切な人を失うって事を経験したいだけの為に、彼女を終わりなき夜へと送り出す)
海里「この星は・・もうシロアリの塚だよ」
アキ(私が返そうとしようとしたコトバはこうだ・・・よくファンタジーとかで、それでも生きなければならない、とか、そう、人間は生きてるだけで価値があるとか、人は人を求めるとか・・・そういうコトバに感動するのは、私達がそれをまったくの幻想だとわかっているからじゃないかな、この人は幻想を語ってくれる人だ、と思って私たちはすりよっているだけなんじゃないか?私はそう思ってきた、私は天邪鬼だからそんなのいやだった、現実を見据えて、ハッキリと人生はクソ以下だって宣言してやる、・・でもこの星はシロアリの塚だと断罪した海里の声が、どういうわけか私を思春期のおばかちゃんみたいにメソメソさせた)