2012年3月25日日曜日

L'Ettranger  文字コンテ ep16

                             16 par se que

 俊(ともかく親を丸め込むのに3時間もかかった、おれもアキみたいに海里の家に住み込みにさせてもらおうかな・・なんとなくもう二度と会いたくない、戦争に行ったらもう二度と家になって帰ってきたくない、確か夏目漱石にそんな話があった、戦争から帰ってくるなんて無様な事はしてくれるなって頼むんだ・・
 けどもう夜になってしまったし、女の家に泊りに行くのもいかがなものか。けど家にいるのはなんとなく気が進まない、荷物ももうまとめてしまったし・・、明日の朝9時にまた海里の殺人レースに付き合うまでは暇だ・・ネカフェでも行って時間潰そうか・・・。
 音もなく家を出た、家出だ、家出なんて初めてだ・・・母親は家族の中から共産主義者が出たみたいにおろおろしていた、親父は遠海、だけど少し嬉しそうだった、たぶん自分の子供がつまんない人生を歩むんじゃなかろうかと心配だったみたいだ。バカ親父め。家族は牢獄だ、家族さえいなければ人間はもっと自分のするべき事をやるはずなのに・・これは鉄球よりも強い力で人間の精神を引きずり下ろす・・
 ・・・もう夜風が冷たい・・なんで夜風だと梶原一騎を思い出すんだろう・・ゴーゴーバーなんて無いぞ・・、誰もいない公園、とりあえず腰を降ろす、久しぶりに夜空を見上げた気がする、何も見えやしないから見上げる事はないから・・月だけがやけにキラキラと輝いている・・・月を見上げて歌を読もうとした初めの人間は天才だ・・どういう方法でそんな事思いついたんだろう・・、コトバを作った人間は・・どこに行った?コトバを最初にしゃべった人間は明らかにキチガイだと思われて沈黙の論理に撲殺されたに違いない、しかし撲殺者は眠りに落ちるときに気づくのだ、あれは・・なんだったんだ?そしてこの頭に残っている、これはなんなんだ?今している・・これは一体どういうものなんだ?えっ?おれはあいつのしたことをしているのじゃないか?こいつはおれに力を与えるに違いない、しかし・・永久の苦悩をすべてのモノにたいして与えるだろう、呪われたのだ、我々はあいつのせいで・・これは世界を切り離す力だ、その力で自分をまず世界から切り離してしまう・・

 最近路上生活者を収容するための牢獄(正式にはシェルター)が立ち始めたという話を誰かから聞いた、それは建物というよりは貸し倉庫だ、あのコンテナが積み上がっている、単調な3d世界だ。そして牢獄は予想通り、一瞬で若者達の吹き溜まりとスラムと化した、肉体派のバックパッカー、浮浪者、サルトル主義者、スパイ、地に満ちた人間達は、奇跡の広場に集まってくる。さて・・しかし・・どうしよう?覗いてみたい気持ちはあるけど、トラブルは御免だ・・、うっとりとした寝不足の疲労がふともものあたりから這い上がって来た、一時期旅人になりたいと思っていた時があった、飢えて死ぬまでずんずんと歩き続くだけの旅人になりたいと思った・・しかしまだ早いと思った、それはもっと後でいい。いつか人は望まなくてもその旅に出るのだから・・この公園は大きな鉄道の真下にある、意図不明の空間にベンチを2つだけ置いて公園だと宣言してるほどのみじめな公園だ、三方をコンクリートの壁に阻まれて、上を見あげれば覆いかぶさるような鉄塔が川向かいの街へ高圧電流を流している。さすがにこんな殺風景なところには新中国シンパの人たちも一夜の宿を借りにはこないらしい、奇跡の広場に肌が合わないやつもいるはずなんだ、タダでやればいくらでも人間が集まるというわけじゃない。
 最終電車から何本か前の列車が通り過ぎていった、ここから川をくぐるために一時的に地下に潜り込む、電車の中にいる人には無感動だが客観的に見ている人にはワクワクさせる場面だ、しかしその場面を見れる場所はあの鉄塔の上によじ登ったストリーカーしか知らない。
 ストーカーをやっていた経験も手伝っておれはそういう人たちの事を知っている、ストリートアーティスト、乞食、流浪の人、つまり街によって動いている人たちだ、都市とともに呼吸している人間だ、彼らは都市の装飾品だ、生き物ではない、飾りなのだ、だからガウディの建築みたいに時折やたらと美しく見える、普段はえげつなく汚らしく醜い、そして困った事に臭い、臭いってのは嫌悪を引き起こさせる最大の要素だ、醜い人間は我慢出来る、サルトルは我慢できる、けどひどい匂いの革命家ってのは聞いたことがない、革命家は清潔だ。人を操る人間は清潔だ、あとはどんなバカでも、キチガイでも、ホモでもいい、デブだってガンジーのようなガリガリでも包茎でもインポでも淫売でもいい、ただ腋臭だけは勘弁してくれ。この世界はロリコンとスカさん達には殺人者に対するよりもはるかに厳しいのだ。

 街に慣れた人は街の音楽を聞くことができるようになる、なにも考えずぼんやり佇んでいると街の音楽が聞こえる、それは街の環境音やらサウンドスケープというものとは無縁のもので鼓膜よりも脳の近くから聞こえてくる、振動そのものなのだ。音楽は空気の振動である、地震は巨大なバスドラムみたいなものだ、数式のようにもったいぶって意味のないものだ、もしくは意味がありすぎるものだ。鳥は空気を泳ぐ魚に過ぎない、けれど夜の空には魚がいない・・・魚も夜は眠るがエラ呼吸のために動き続けるのだという、海里みたいに脳の半分を寝させることが出来るやつもいる・・、夜にうごめく人間は実は夜の夢を見ている、寝ても覚めない夢なんだそれは・・・

 サルトルは家も荷物も何も持たずにカフェでずっとねばってノートに書き物をして生きていたという都市伝説がある、友達がおごってくれるらしい。サルトルは晩年テロリズムこそが自由の道だと宣言したらしい、これは本当らしい、警察だって暴力で攻撃してくるのになぜ人民だけが、暴力で何かを言うことを禁じられるのか?暴力以外のコトバを持たないゴリラが90%の社会で、コトバで何が解決出来るのか?ベンヤミン式の暴力論ってわけだ・・・
 吐き気をもよおしていたのは若いサルトルであったということだ、おれも立ち読みで漫画をよんで絵がかなり手が込んでいるのに、内容が地域自治体のパンフレット以下の代物(ほとんどすべての漫画)を読んだ時に吐き気を催す、なんでこんなつまらないことに才能を使ってしまったんだ?彼らの無駄に使われてしまった時間がおれにとっては吐き気を催させる、背筋が凍る。恐ろしく高価な電脳、ソフトウェアそして綿密に組織されたクリエイターと制作管理、そして出来たものは恐ろしく上手く出来たガラクタでは・・・
 
 火星への宇宙船づくりはガラクタづくりだろうか?これはわかりにくい・・非常にわかりにくい、パッと見は勇気のある冒険のように思える、深層においてはそれは単なる自殺と生への軽蔑、そしてある種の達成感を持っている・・・アキは昔言っていた、最近の作品は・・別に最近でもないけど、恋愛に比重を置きすぎてた、神が死んだ後に、攻撃を受けるのはまさにそのもう一つの嘘っぱちの恋愛原理に違いない、シェイクスピアは若い時にロミオとジュリエットを書いた、ウィリアムがそこにとどまっていれば彼はシェリーくらいの重要さしかない恋愛詩人で終わった、けれどウィリアムはそこを超えた、恋愛は本質的には死への賛美歌で、結局のところ・・・小市民的死、恐ろしく低劣でくだらないものにシルクのカバーをかけたものだと看破した、キングリアはウィリアム自身で、たぶん彼はあらゆる悲劇を舐め尽くして・・狂気を演じている・・・そしてリアは何故か・・私にとっては恐ろしく感動的だ。ドストに裏切られた若者はウィリアムに頼る他ない、ウィリアムは裏切ったりしない・・・反動主義芸術家(彼らは巨匠と呼ばれる)に裏切られた私たちは・・・

 ノーベル賞を拒絶した時サルトルは語った、私を過去の過ちということで済ましてはならない。サルトルが死んだ時世間はこういった、羅針盤を失ったと。何かが起こった時、サルトルはどう動いたか?まずそれを人々は知りたがった、それは大江健三郎がどう動いたかとはまったく規模が違う、大江健三郎は・・裏切り者だ。いや裏切り者ですら無い、あいつは・・・チ○○ス野郎だ。もしくは卑怯者だ。アキは同じサルトルよりもラッセルが死んだ時のほうがショックだったと言った、もちろんもしその時代に生きていればの話。アキはラッセル主義だ、そんな主義があればの話・・・ともかくそういう羅針盤的な働きをする人間というのはいなくなった、すべては金の論理で動いている、おれは世界の動きを知っていると構えているエコノミスト?は公債関係で世界の動きを120%の正確さで予測するだろう、彼らは間違えようがないほど世界の有様を知っている、じゃあ彼らを預言者に据えておけばいいじゃないかというとそうでもない、彼らは正確に未来を教えてくれるだけで、その未来にどうやって立ち向かうかを永遠に教えてくれはしないから。付け加えればエコノミストにカネを払って未来を教えてもらうよりももっと手早く済ます方法がある、それは淫売婦に未来を聞いてみることだ、やつらは今では女優とかアイドルとか呼ばれているけれど・・・世界の始まりから彼らは生まれ続けている、ニーチェは女を嫌った、ニーチェは軍隊があれば女を全滅させていたかもしれない、それは・・・非常に感謝されるべき事なのかもしれない。世界はまだ石器時代の前より続く淫売婦の時代にいる・・・淫売は公債より古い。

 最終列車が川の底へ下って行った、これでようやく電車にのって海里の家に行けなかったので歩いていくより仕様がなかったのだという事になる、この言い訳は誰かにするんじゃない、自分にするのだ。考え事に集中していて期を逸したのだ、残念なことだ。拡張現実のHMDサバイバルゲームが始まったらしい、夜中になるとどこの都市でもこのサバイバルゲーマーが現れる、彼らは赤外線の銃コントローラー片手に異常な真剣さでこのゲームに参加している、そして一般人に迷惑をかけることは最大のタブーなので彼らはホテルマン並みの丁重さで、匍匐前進で僕らに道を譲ってくれる。彼らの異常な真剣さの理由はそれがもう現実を凌駕しているからだ、彼らは戦場にいる、戦場のほうが彼らにとって切実な問題なのだ、現実、現実とはなんだろうか?それは飢えと病と老いだ。ブッダ、サンクス。
 彼らの戦場には核爆弾は無い、レーダーも機関銃も無い、ただライフルと拳銃とナイフ、そして肉体があるばかりだ。ナイフだけを使う(おもちゃのナイフだ)人間を彼らは尊敬を込めてアサルトと呼ぶ、アサルトは相手の電脳のボタンをナイフで押す、おれはその場面を見たことがある、その見ず知らずのゲーマーが青姦でもしてるのかと思ったほど、刺された方は恍惚としていた。
ゲーマー「・・・違う・・・、それはデコイだ・・動きで・・・おい!やられた?バカ・・・家で寝てな」
無線機に向かって語りかけていたゲーマー(どこかに隠れているらしくて姿はわからない)の最後の家で寝てなというのは最近の流行り言葉らしい。ゲームに参加するには兵士を買う必要がある、1000円で兵士が買える、自分をそこにインストールして街で戦う、一人倒すと500ポイントもらえる、現金にも変換できるし、少しだけ高性能なアモも買える。ゲーマーは昼の世界での労働を強制労働と呼び、それもこの重大な戦争の一部と考えている・・終わりはあるのか?よくは知らないが相手を全滅させたら終わりらしい、つまるところ終わりは無いということだ。このゲームは一発でも撃たれて死ねばすべてを失う、何もかもだ。ポイントも武器も、アイテムも、アモも。また初期装備で兵士から始めないといけない(撃墜数で階級が上がる)、shogunも兵士のライフル一発で死ぬのだ、街に繰り出せば死なないのはほぼ不可能だと言っていい。よくフィールドに入った瞬間を狙撃されるらしいので彼らはフィールドに入るときに奇妙な反復横跳びか匍匐前進で進む、拡張現実を見てない人にはキチガイだ。しかし彼らは文明が一度滅びた黄昏のセカイとやらを見ているらしい・・・ともかく新時代のゲーマーはともかく足腰がやたらと鍛えられている・・おれもアキに会うことがなかったらたぶんこいつらと一緒に深夜三時の休戦時間にコンビニに集まってミリタリーご飯をかっこんでいたに違いない。アキはおれの人生を変えてしまった、あらゆる出会いは少なからず人の人生を変えてしまうものだけど・・・それは最初は恋愛だった、恋愛の炎はオナニーをした後にはさっぱり消えてしまうのを発見してもアキからは離れられなかった、それは存在論的孤独やら、高尚な観念ではなかった・・・ひょっとしたら友達になりたかったのかもしれない、そうだとしたらおれは今シアワセすぎるって事になる、夏の初め頃からじっとりをおれを包んでいる焦燥感と不安は・・・これはシアワセってやつだ。シアワセに殺されてしまう・・
 
 アキの魅力ってものの秘密は二年近くもストーキングしたのにさっぱりわからなかった、外見的なものだとしたら、それは良いものに違いないけれど、それならばアイドルだろうが彫刻だろうがアキよりも優れたものは・・いくつかは見つかるだろう、性格だって一言で言えば傲慢、これに尽きる。コケティッシュな傲慢といったらいいのだろうか、それは横柄とか命令口調とかそういうのとは違うのである、ただアキは自分が世界で一番人間的だという動かない信念を持っていて、まるで信念が歩いてるようなのだ。女神のように傲慢、これだ。
 最近になってようやくそれがわかってきた、特にアキがストーカー3のアイデアノートをおれに渡してくれた時にわかった、こいつはテロリストの眼をしてやがる・・死を美化しない、死後の世界にも興味がない、思想も過去も未来も無い純粋無垢なテロリストだ。
 あのゲームにもアサシンよりも有る種の畏敬を込めて呼ばれるプレイヤーがある、それはテロリストと呼ばれて徒党を組んでポイントを荒稼ぎしている人々の真ん中で爆発する、人間爆弾だ。爆弾は投げる事もできるのにそれをしない、誘導技術の発達していない理想的な戦場では人間がミサイルにならなければならないというわけだ・・・アキはよくヒトラーを話題にするけど、ヒトラーシンパではまったくない、ヒトラーこそアキが一番憎む敵であり・・そして一番求めてやまない敵なのだ・・・
 生まれる時代や場所でアキは淫売スパイやらトロツキストやらゲバラの側近にでもなっていただろう、たまたま今生まれたこの時代、この場所では彼女は・・・ただの女子高生だった。