10 marousi
巨大な影、巨大な構築、巨大な政府
巨大な門、巨大な壁・・・
アキ「帰ってこ~い」
とも「あぁ・・マロウシがジブラルタル海峡を横切るほどの影を我らの海へと投げかけん・・」
俊「ユイスマンスからの引用で、その代表作さかしまのように、めまいがするっていう凝った文学的非難か、さすがに解説が必要」
俊(そう、海里が夜の大都会を限界ドリフトで攻めまくったのでともは正気を失って予言を始めるはめになった)
アキ「違うよ、ヘンリー・ミラーでしょ?」
海里「えっ?ごめん聞いてなかった、考え事で・・」
アキ「なかなか立派な我らの生産現場ですこと」
アキ(工場は巨大な酸化鉄のジャンクマスとして存在していて、午前三時のアスファルトに長い影を指していた、周りは新しい道路の開発か何かで土地の買い占めが行われており、しかも財政悪化によってその計画がおじゃんになったらしく、茫漠とした荒野が広がっていた。いつ再開されるかもわからない工事の予告の看板でさえ風に揺られてキップルと化していた。一キロ先の自動販売機の灯りがみえるほどだ。その自動販売機も五種類しか飲み物が売っていない、その閉める空間と、効果がまったく見合ってない代物だ。日本は狭いと誰が言ったのだろう?日本は無駄に広い、ただアリのようにケーキの周りにしかアリがいないだけだ、日本は美しいと誰がいったのだろう?この雑草とコンクリートとキップルの集まりは、せいぜいポンコツ解体屋の目にやさしいといった程度だ)
とも「入ろう、鍵は必要ないみたいだし」
アキ(俊が昔南京錠であったらしい酸化鉄を蹴り飛ばしてドアを空けた、私は工場が支えを失って崩壊するんじゃないかと思ってちょっと後ずさりしたけど、意外にエントロピーの増大はまだまだ抑えられておった)
俊「おや!中は意外に」
アキ「綺麗?」
俊「おんぼろだ」
海里「文句はそのへんにしてそろそろ入ろうよ、やることはたくさんあるんだし、それに大きな音出しても叱られる恐れはなさそうだしさ」
アキ(海里が建築用のカンテラを出して中へと入っていった、お決まりの幽霊コントには付き合ってくれないらしい、サイエンティストめ・・・だが私たちは見たのだ、ともが亡くなる間際にうわ言のようにつぶやいていたコトバが、実はこの工場のある秘密を予告しているものだとは・・巨大な影は工場の事を指しているのではなく、マロウシは・・、マローシは!)
俊「ひどい匂い、ゾシマ氏でも死んでるんじゃないか・・」
海里「確かにひどい臭い、でも案外作りはしっかりしてるね(手を叩く)残響もよさそうだよ」
アキ「何の匂い?薬品とかそういう・・無機物の匂いじゃない気がするけど」
海里「たぬきでも死んでるんじゃない?ネズミか・・、窓開ければよくなるでしょ」
アキ(海里は手袋をはめて窓をガンガンあけて行った、雑だ。あぁこの子はゴキブリだって素手で触れるタイプだ、三畳紀からの生きる化石とかなんとかいって、三畳紀かどうかは適当だけど)
海里「ウラー、基本的な工具は揃ってるよ、これならバイクだって自動車だって作れるね」
アキ「ほんとだ!フライ版も万力もある♪、電鋸やドリルまであるじゃないか」
俊「女の子が喜ぶようなものには思えんが、そうか、アキはカメラの改造が趣味だもんね」
アキ「そうだ、忘れてた。記念にとっとこう、幽霊さんも初めましての挨拶くれるかもしれないし」
海里「それカメラだったんだ、弁当かと思ってた」
アキ「sx-70の改造だよ、ストーカー1、もしくはストーカー P(ola)、ビデオも取れるように記憶装置と回路をくっつけただけだけど、私が生まれた初めて持ったカメラなんだ、だから新しい事をはじめるときはこの子で撮ることにしてる」
海里「なにその、なんかオシャレ雑誌みたいなセリフ」
アキ(悪態をついてる海里の顔を撮った、笑顔が間に合ってないから変な顔になるだろう、表札のところに張っておこう)
海里「電気は今日の昼頃来るって言ってたから、それまでに掃除しないとね。さて・・・問題の地下室へは・・このコンプレッサーの下か・・俊ちゃん手伝って」
アキ(海里と俊はがっちがちに錆びついた大型コンプレッサーを動かすと地下への扉がうっすら現れた、カモフラージュが剥げている、潜水艦の蓋みたいな丸い扉だ。ハンドルはついてないけど)
アキ「ピラミッドの下って王の船が置いてあるんだよ、世界の終わりにその船で脱出するんだって」
アキ(海里が首とカンテラを突っ込んで地下を覗いている、私達のところには灯りがなくなり月光が射すのみ、闇に目が慣れてきて建物の概要が見えてきた、工場というよりは倉庫だ、たぶん創業してる頃はもっとたくさんものがあったんだろうけど、今は工具と設備が残っているだけでガランとしている、たぶん戦後に何回かは改装されてるんだろう、外側から見るよりは中は補強してある、地震対策にトラス構造の鉄筋が張り巡らされているもの)
俊「何かめぼしいものあるの?集団自決した死体がゴロゴロしてるわけじゃないんだろ」
海里「もっと良さそう、でも足元に気をつけないと、これ持ってて、照らしておいて、はしごが老朽化してる・・」
アキ(カンカンカンと海里が地下へと降りていった、バキンっ!)
俊「大丈夫?」
海里「はしごが一本折れた!なんとか大丈夫」
アキ(私たちは何をしてるんだっけ?地底旅行でもやってるんだったっけか?信頼出来るアイルランド人?が必要だわ)
海里「カンテラ降ろして」
アキ(スルスルっと俊がカンテラを下ろす、うん、そうするとこっちは真っ暗になるってのを気にしてほしいな)
海里「WHOA! Incredible! 面白いものがあるよ!」
アキ(俊もすぐに降りて行ってしまった、レディファーストってものを知らんのかこの野蛮人め)
俊「わぁ」
アキ「何なの?」
(ゆっくりハシゴを降りると(高所嫌い)地下は上よりも古いにしろかなり出来が良かった。たぶん当時としては貴重な鉄を使ってある。暗闇にぼぉっと何か巨大な影が浮かんでいた)
アキ「わぁ・・すごい戦闘機の胴体だ、なんだろう?アウトバッフェの機体みたい」
海里「橘花だよ、あのヘッドの形からして、ロケットエンジンは間に合わなかったんだね・・」
俊「売ったら高く売れるんじゃない?」
アキ「売れないでしょ、博物館行きだよ」
海里「花がつくのは、特攻機の証なんだよ・・、桜花みたいにね。橘花は違うっていう人もいるけど真実は太平洋の海の底ですな・・・私は民族主義者でないし、こんな言い方があれば人間主義者でもないんだけど・・なんでか、特攻に行った人たちの事を思うと、センチメンタルな気持ちにさせられるよね・・どうにかしてもっと、良い世界を作ってあげたかったな、彼らが死んだ意味があるようなさ・・実際には彼らだって賞賛に値する様な人間ばかりじゃなかったんだろうけどね、戦争キチガイ、軍国主義者、ただ断れなかっただけの臆病者、無思想な人・・・そう、死んでしまった人間を愛するのは簡単な事だね」
アキ(海里は最初に会った時のあの眼をして機体をパンパンと優しく叩いていた、明らかに露光が足りてないけど私は写真を撮った。ほぼ真っ黒な写真になるのはわかりきってるけど、ほぼ真っ黒でも大切な写真っていうものがあるはずだ)
とも「ちょっと~みんな~どこいっちゃたんですか~!」
アキ「すっかり忘れてた!」
ドタドタドシーン
とも「ギャアアアアア!!」
アキ(ともの断末魔の原因は、ともが闇の中を手探りで歩いていると、冷蔵庫にぶつかり、冷蔵庫の中からXXXXとかXXXがXXXして、XXXXだったからでした。悪臭の原因はその冷蔵庫に何十年か放置されていたXXXXXがXXXでXXXXXXになっていたからだったそうな。ともかくともは闇の中でXXXXの大群に襲われて、人間失格状態に陥り、しばらく車の中で生死の境をさまよった。海里はどうにかあの橘花の機体を再利用できないかと言ってまた電脳でモデリングと設計をやり始めた、そうなるともう何も聞こえないらしいので、結局俊と私だけで掃除をやるハメになって、電気屋さんと水道屋さんとの事務的な話もすべて私が一人でやるはめになり(俊はこういう時はストーカーらしくさっぱり役に立たない)ネットもプロバイダ契約も奔走して、一日完全に潰れてしまった。ようやくともが復活して、川底に捨ててあるような自転車で近くのコンビニにご飯を買いに行ってくれた。クッタクタにつかれてカフェイン切れで意識朦朧として寝袋に丸まっているとともがインスタント食品を買いだめしたのにカセットコンロが無いということうを大声だ叫んで結局スニッカーズをみんなで割って食べた。深夜頃に地下からニュートンが現れて、ガチャガチャと工具の調子とか、機械が動くかなどを探り始めた。それで工程表でも考えているんだろう。
アキ「あのニュートンさん、深夜二時に徘徊するのはやめてくださらないかしら、子供たちが寝られませんの、パーティーをやるならちゃんとした会場を借りるといいわ」
海里「あっ起こしちゃった?」
俊「起こしちゃってないと思ってたら聴覚を疑うよ」
とも「私ずっと寝てたから逆に眠れない」
海里「工程表を作っておかないと落ち着かないんだもん・・・火星に行けるタイミングってのは二年に一回しか来ないんだよ、時間がないんだ」
とも「ドクター海里は今日寝たんですか?」
海里「寝た、っていうか半分寝るってのを発明したから、イルカとかがやるみたいに脳の半分寝させるの。2つのことを同時に考えるってのも修行次第で出来るようになるよ。だから発想力が必要な時は左脳を重点的に使って、計算とか単純作業には右脳をあてて・・・」
アキ「ニュートンさん基準で人間を評価したら、人類はもう太陽系を制服してるよ」
アキ(ともは寝袋におさまるとべらべらしゃべりまくって朝までしゃべるタイプだと気づいた。もうすぐ初恋の人の話を明治の噺家もうんざりするような長尺ではじめるに違いない、私は眠たくてたまらないわりに奇妙なレトリックでしゃべっていた)
海里「・・時に・・事故が起こったらこの一帯が消し飛んでしまうんだけど、みなさん覚悟はできてる?その段階に来たら避難する?」
アキ「大丈夫、今も眠すぎて消し飛んでしまいたいもの」
俊「おれも」
とも「私も、痛くないですよね?」
海里「痛みを感じる瞬間は、まず0に近いと思う、サンクス、これで・・うん、間に合いいそう、じゃあゆっくり眠って下さい、地下は橘花をばらして上に運んだらこれから私以外は入らないでね、ブラックボックスだから、それに危ない」
とも「そんな秘密にしなくてもどうせわかりっこないと思いますけど」
海里「私が死んだ後に、追われるような事になってほしくないからさ、あれは一体なんだったのか?って騒がれるに決まってるもん」
俊「にゃーるほぞ、大失敗して東京を火の海にしてるかもしれんしな」
アキ「なぞの水爆が墜落、東京は燃えているか・・、面白そうだけどね、日本人でも東京が消し飛んで欲しいってのを望んでいる人はかなりいると思うけどな」
海里「そっちには落ちないよ、ハワイを地図から消してるかもしれないけど、じゃあおやすみなさい」
アキ(静かになった闇の中でボンヤリとした私の意識はうっすらと何かを感じていた、海里は一人になりたがってる、それは最初から彼女が言っていた事だ、本当の孤独を探しに行く。私はそれも海里のタテマエの嘘だと思ってたけどどうやらそれは真実を含んでたみたいだ・・海里は本当に私達とは違う世界観を持ってる、もちろんそれがすべてではないけど。この星にいるのは耐えがたい、此処じゃない何処かへ・・・人は楽園から追われた、悪魔は堕落した天使だという、本当は・・・楽園や天国は耐え難い場所だったから逃げ出したんじゃないだろうか・・・)