何がいいたいのかまったくわからない物語として有名な浦島太郎という物語があります。
亀を助けたら竜宮へ連れてってくれて、竜宮から帰るとそこはタイムリープした未来、自分の時代と切り離された浦島が絶望して玉手箱を開けるとさらに老人にされるというオチ。
つまりはいぢめられてるやつを助けると、なぜかろくなことにならない。ということを言ってるようにとれます。そう考えると、実は恐ろしく現実的な処世訓を与えてくれているのかもしれませんね、弱者をみんなと一緒になって迫害すると、なぜかうまくいく、弱いものから奪え、というリアリズムをたたきこんでいるのかも。
しかしそんなガリガリの真実を子供に教えてどうするw それにそういった本当の意味で成功する方法ってのは他人に教えてはいけないものです。自分だけがずるく生きて利益をとらないといけないんだから。
「オレ以外の人間はみんなクズだ、全員利用してやる」
と思うのは勝手ですけどそれを宣言するのは愚の骨頂だってことです、心の中に秘めておいて、うわべはにこにこして好意を振りまいて相手が油断した時に後ろから・・・。が原則ですから、いきなり敵を作るような真似をしてはいけない。
この浦島太郎っていう話は元祖タイムリープものですよね、なんらかの状況によって自分の生まれた時代や世界から切り離される。女子高生が戦国時代にぃ!?っていうよくあるアレの原型だってわけです。何故か日本人はこれが大好きでして、戦国自衛隊、漂流教室、ほしのこえ、ロンリープラネットなど。だいたいは元のいた時代や世界に恋人などがいて、さみしいよぉ~(泣)、っていう恋人がいないDT連には、RJ爆、っていうもの。
タイムリープ物ってものの正体はメロドラマだってことです。お涙ちょうだい型のお話。
ただ浦島はメロドラマではないんですね、乙姫は亀の化身だっていうパターンもありますが、乙姫がやってることはどう考えても浦島を色気でハニートラップに落としてタチの悪いいたずらをしかけているだけです。玉手箱を開けるな、といって渡すという、高度な悪徳商法としか思えません。マイナスしかない呪いアイテムですからね。忍者の投げるでラスボスに放り投げるくらいしか使い道がないぜw
もうひとつのオチとして浦島はそのまま老人になったが仙術を習得して神になったというものがあります。けれど、これは中国的改作の臭いがしますし、中国的改作を日本人がしたという感じがします。だいたい、人間は、仙人にはなれない。というものが中国では普通のサゲです、杜氏春、寒山拾得にみるように仙人ってのは解脱していて、もはや人間というレベルのものを超えている、感情とかが無い、まさに霞のような存在で、仙術を駆使してハーレムの術!っていう幸せそうな存在ではないのです。
死んで永遠の平和を手に入れました、仏門に入って心の平和を得ました。みたいなことで、それを普通はバッドエンドと呼んでいるのでは?ということと同じことです、仙人になるというのは。
なんにせよ物語的に、カタルシスができていないというか行動と結果がちぐはぐでなんでやねんという構成になっているとはいえ
・亀がしゃべる
・海の底に桃源郷がある
そして特に
・別の場所では、時間の流れ方が異なっている
という相対性理論を先取りしたようなトリックがあって、まさにこのトリックを発明したというだけでもこの物語は存在し続ける理由、があるわけですね。誰もが当然のこと、として考えている、前提、を覆す、という手法はトリックとしてはかなり優秀なものです。時間の流れるスピードはどこでも一定である、という前提崩しなんですね。
かぐや姫もそうです、結果的にはなんじゃらほい?竹から出てきた娘は育ててはいけないということ?じじぃは自分に都合がわるいことになると人間のエゴむき出しのクズに変貌するから気をつけろということ?って何がいいたいのかわかりませんが
「月、という別の星に異星人がいる」
このSF的な発想、ただそれだけで千年の時を超えて生き残る理由となってるわけですわね。このようにワンアイデアだけで古典になってるってものはたぶん他にもいろいろあるんでしょうなぁ。一点豪華主義ってやつですね。