2017年10月1日日曜日

1608  The Tragedy of Coriolanus   コリオレイナス シェイクスピア

 シェイクスピアの最後の悲劇作品として知られています。これ以降の作品はロマンス劇、という風にカテゴライズされております。まぁそれは学者が勝手に決めたことなんですけど。



 舞台は紀元前500年頃のローマ、コリオレイナスという伝説上の武将が主人公です。紀元前500年なんていうのは、まだまだ伝説とフィクションと歴史、神話ってのが曖昧な時代ですので実際にコリオレイナスっていう人がいたかは謎ですね。カエサルとかアウグストゥスとかは確実に実在したといえるのですけども。
 
 コリオレイナスなんて知ってる日本人は1%もいないんじゃないですかね。この演劇も知名度はぐっと下がる。


 しかしこの演劇、実は名作だとワタシは思います。大衆的に人気が無い理由は一目瞭然でして、この演劇は実は、観客、オーディエンスをディスってるような演劇だからですね。市民、大衆、の愚劣さ、自分勝手さ、政治の矛盾。そういったものがテーマになっているからですね、劇を見ている、市民、達がいい気分になるはずはない。


 そしてShにしては珍しく性欲、っていうのがほとんど介在しない作品です、たいがいは下ネタとエロネタはどうあってもねじ込んでくるShにしては非常に珍しい、一番初期のヘンリー6世の頃に戻ったような感じもあって、真面目で政治的な作品です。


 プロットはコリオレイナスという勇猛果敢であるけれども、ウソを言うことが出来ない、他人に媚びたり追従を言うことの出来ない武将がいて、彼が戦争で武功を立て、執政官へと推薦されるのですが、コリオレイナスは市民にコンスルに任命してくれと頭を下げることが出来ず、市民達を護民官が煽動してコリオレイナスを追放してしまいます。

 コリオレイナスはローマに恨みを抱いて敵軍に寝返って復讐を果たしにくるのですが、ローマの使いがどれほど和睦を志願しようとそれを受け入れなかった、ただ母親が説得に来て、憎しみを忘れて和約を結びます。
 しかしそれが裏切りとされて、コリオレイナスは暗殺されて終わるというお話。


 SHらしい、普通のキレイゴト、を裏切る結末ですね。母親の願いを受け入れて、戦争を思いとどまったら普通ハッピーエンド、親子のキズナは強い、っていう終わり方をするはずですが、この演劇ではなんと、裏切り者として暗殺される。
 でも確かに裏切りといえば裏切りで間違いないし、それにコリオレイナスは何度も裏切りを重ねているわけで、暗殺されて当然とも言える。


 コリオレイナスは高潔すぎてこの世には生きていけない、といいますが実際コリオレイナスはほんとに正直すぎる人間で、ヴォルサイ人が反乱を起こしました、という伝令が入ると

「よし穀潰しども(穀物法、いわゆる生活保護みたいなもんです、を受けてる市民達のこと)、を使い捨てにして減らすチャンスだな」

といいます。確かにその通りなんですけども、それを口に出して言っちゃうやつにはやっぱり政治家はムリなのかも・・・。

 じゃあ政治家はウソをつくための職なのか??という根本的矛盾をえぐり出します。実際ウソをつかなきゃ政治家になんかなれっこない。

 失業者を減らすためには戦争で捨て駒として使って殺せばいい、高齢者が財政負担になってるなら、彼らを戦争に動員すれば結局は戦費のほうが安くつく、障害者などは生まれた瞬間にティゲトス山に捨てにいくべし。

 こういうことは思っていても言ってはいけない。ことでして、この手のコトバを吐く人物は正直者であるには違いないけれど・・・それが信頼を勝ち得ることにはならないわけですね。

 政治家は嘘つきだといいますが、じゃあ真実ばかりしゃべっていたら人気が出るかというとまったくの真逆。今ならもぉ速攻でメディアに吊し上げをくらって袋叩きにされてしまいます。


 でもなんでこんなことに?というとやはり大衆が無知であるということになり、コリオレイナスが大衆を愚衆扱いするのはやはり間違ってはいないわけで、ぐるぐるとこの演劇は誰が正しい?ということを意図的に回避しつつ、最後にはコリオレイナスが死ぬ。


 またコリオレイナスの母親、ヴォラムニアは国家の為に死ぬことが名誉であり、自分の子が祖国の為に戦うなら悲しむことなど何も無いという、今ではめったに見かけなくなった国粋主義者の母親タイプ、軍国主義者の求める母親像みたいな性格でして、さらに本音では息子が最高権力を握るのを目論む野心家でもあり、このヒトが良い人間なのか悪い人間なのかというのもまったく意見が割れるところです。1945年以前の日本だったら90%以上がヴォラムニアは素晴らしい人物とこたえたでしょうし、今なら、コドモを愛さない野望にとりつかれたごうつくババァとも言われかねない。


 しかしヴォラムニアタイプの人間ってのはほんといなくなりましたよね。祖国が最優先だ、なんていうヒト。徴兵カードを持ってきて、おめでとうございます!っていうヒト。この演劇、実はキーはこのヴォラムニアなんだと思います。