リチャードⅢはシェイクスの一応四番目の作品であり。ヘンリーⅥ三部作に続く、薔薇戦争のクライマックスです。薔薇戦争四部作の終わりってわけでもあるのですが、リチャードⅢという演劇は、その大河ドラマのオチという風に描かれたのではなくて、おそらく劇団の作家集まりで描かれたヘンリーⅥシリーズではなくて、たぶんリチャードはシェイクス1人の執筆によるものです。別に何の考証もなく、ただの作家の勘です。
というのはリチャードⅢだけが図抜けてよく出来ているし、続き物というよりは1つの作品として独立させてやろうっていう感じなのです、歴史物として歴史を追っていくというよりも、リチャードⅢという人物を一流のアンタゴニストに仕立てあげて、すべてリチャードを中心に物語を展開させていきます、歴史物ではなくて歴史フィクションになるのですわね。
ほぼリチャード以外の人物は脇役です、最後に登場する正義役のリッチモンドなんてほんとに演劇の最後2シーンくらいしか登場しないし、性格描写も何もありません。リチャードと怨みっぽい元王女老婆マーガレット、兄王の妻エリザベス、くらいが主要人物ですが、それもリチャードという悪役を引き立てる引き立て役でしかありません。
シェイクスの最初の頃の目標は魅力的な悪役を生み出すってことだったんだと思いますね。実は物語っていうのは、悪役、アンタゴニストが始めるのです。正義の味方っていうのは常に アンタゴニストの行動に対する リアクション を起こす人物。何か最初に始めるのは悪役。だから物語っていうのはどのような悪役、を生み出すかってところなんです、ほんとに大事なのは。
よく言われてるようにムスカみたいな、ほんとにただの自分の欲望だけの陳腐な悪役だと、物語全体もシンプルで、子供向けのものになります。ラピュタは筋だけでいくと単純極まりない小学校低学年向けです。コナンもまたしかり。ナウシカの悪役は自然を破壊する人類全体なわけで、これがナウシカのスケール感を産んでるわけですわね。
悪役が複雑な人物、リア王ではリアが悪役なのですけど、リアという人物は相当込み入ってます。
リチャードは悪役としてはそこまで込み入ってはいませんが、微妙に屈折しています。まずリチャードは生まれが奇形として生まれていて、ルックスが悪い、それに生まれた時から犬の子だ、として周囲から疎んじられていた人物、しかし戦場では無類の強者であると。リチャードは平和の時代、薄っぺらなキレイゴトとセックスのようなつまらない喜びだけの時代には自分の居場所は無い、だからオレは悪になる、悪に溺れてみせる。と宣言して、悪役になるってわけ。
どこまで悪を無し暗殺やら裏切りを繰り返しても、どっかリチャードが魅力的っていうか、憎めない人物と見えるのは、生まれがブサイクで平和の時代には居場所が無い、っていうシチュエーションってのは、ものすごいユニヴァーサルなもんですわね。生まれ持った物では誰一人に愛されない。だから戦うって戦果を上げて、自分を周囲に認めさせないといけない、だから死ぬまで戦わないといけない・・・・
オレは悪になってやる!って言って始まるのです、斬新やなぁ・・・
リアを引き合いに出しましたけれど父王とその遺産を受け継ぐ三人兄弟の分裂の顛末っていう物語の構造でリアとリチャードⅢは似てます、この筋立てを進化させていくとリアになるわけですね。
ほんとつくづく感じちゃいますけどシェイクスピアは嘘みたいな天才ですね、たぶんまだルーキー、たぶんキャリア2,3年なのにここまでの脚本をものにするなんて、誰にも書けるわけないです・・ほんと恐るべき子現るって感じだったのでしょうね。
私が思うには暗殺者2人の掛け合いのシーンはほんと見事です、すげぇ。
たぶんリチャードⅢを書き終えてから、シェイクスはちょっと目線を変えようってわけで喜劇、ラブコメディとかに取り組むわけです、殆どのシェイクス研究家は、というか批評家ってやつは悲劇ばかり重視します、けどシェイクスが喜劇に取り組んだってこと自体で、シェイクスはもっと全然違うところまで見えてるってことですね。ほんと普通の人間とは見える領域、見えてる世界が違うんだなって思いますなぁ・・・
一般的にはリチャードⅢはマキャベリズムとその失敗を見せるというけれど、それはほんと浅ーーい見方ですわね、リチャードはじゃあどうやって生きれば良かったのか?ってのを考えないといけません。悪いコトをして権力を手にしてもすぐに破滅する、なんていう陳腐な教訓劇では全然ありません、さんざんシェイクスはリチャードⅢにそれを強調させてますからね。
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1-1
since I cannot prove a lover
To entertain these fair well-spoken days,
I am determined to prove a villain
And hate the idle pleasures of these days.
キレイゴトだらけの時代に、恋人を喜ばせることも出来ないなら、悪党になる決意をして
この時代のくだらない楽しみなどを憎んでやる
リチャード
リチャード
Go tread the path that thou shalt ne'er return.
Simple, plain Clarence, I do love thee so
That I will shortly send thy soul to heaven,
If heaven will take the present at our hands.
そうだ二度と戻れない道を歩め、単純でバカのクラレンス、なんて愛おしいヤツ、すぐにでもその魂を天国に
送ってやるぜ、もし天国ががそのプレゼントをもらってくれるならな
嘘の予言で濡れ衣を着せて監獄送りにした兄のクラレンスへのコトバ。
1-3
RICHARD
I do the wrong, and first begin to brawl.
The secret mischiefs that I set abroach
I lay unto the grievous charge of others.
Clarence, who I indeed have cast in darkness,
I do beweep to many simple gulls;
Namely, to Derby, Hastings, Buckingham;
And tell them 'tis the Queen and her allies
That stir the King against the Duke my brother.
Now they believe it, and withal whet me
To be reveng'd on Rivers, Dorset, Grey;
But then I sigh and, with a piece of Scripture,
Tell them that God bids us do good for evil.
And thus I clothe my naked villainy
With odd old ends stol'n forth of holy writ,
And seem a saint when most I play the devil.
悪事をなしてそれをひとになすりつけ、聖者を演じてデビルを為す・・
Mudereres
Talkers are no good doers. Be assur'd
We go to use our hands and not our tongues.
Murderers 2
・・・It beggars any man that keeps it.
It is turn'd out of towns and cities for a dangerous thing;
and every man that means to live well endeavours to trust
to himself and live without it.
良心を持っていると乞食になる・・・
4-2
RIC「The deep-revolving witty Buckingham
No more shall be the neighbour to my counsels.
Hath he so long held out with me, untir'd,
And stops he now for breath? Well, be it so.
腹心だったバッキンガムが皇太子暗殺にひよるのを見て、すぐにバッキンガムを捨てる決断をするリチャード
疲れも見せずここまでよくついてきたが一息をいれたいだと、ならそうさせてやる・・
リチャードはひたすら転げ落ちるように悪へと染まっていく、誰もそれに付いてこれないほどに。リチャードの孤独がある・・
悪夢でうなされて眠る事もできない。
RIC
Murder her brothers, and then marry her!
Uncertain way of gain! But I am in
So far in blood that sin will pluck on sin.
Tear-falling pity dwells not in this eye
王権を確保する為に、王太子を殺し、兄王の子供と結婚する・・綱渡りだ、しかしここまで血の海につかってしまったら
罪が新たに罪を生み出すのだ、涙を落とすような憐れみがこの目にやどることはない・・・。
4-4
DUCHESS. Why should calamity be fun of words?
QUEEN ELIZABETH. Windy attorneys to their client woes,
Airy succeeders of intestate joys,
Poor breathing orators of miseries,
Let them have scope; though what they will impart
Help nothing else, yet do they case the heart.
なぜ悲劇はコトバに満ちているのか
コトバは悲劇の口やかましい弁護人であり、遺言の無い喜びの虚しい相続人、悲しみをぜぇぜぇ語る雄弁家・・・
それでも機会を与えましょう、何の助けにもならないのだけれど、ココロの慰めにはなるのだから
5-3
リチャードは眠りにつくと次々と今まで殺した相手の亡霊が現れて言う
Despair, and die
絶望して、そして死ね。
I shall despair. There is no creature loves me;
And if I die no soul will pity me:
And wherefore should they, since that I myself
Find in myself no pity to myself?
亡霊の悪夢から目覚めたRICの独白。
絶望するべきだろう、Iを愛するイキモノは1人もいない、Iが死んでも1つの魂も悲しいと思わない
そのはずだ、だってI自信が、自分に対して何の同情も起こさない・・・
RICは亡霊の言うとおりの絶望、を味わう。これが絶望、誰にも愛されず、死んでも誰にも悲しまれなず、自分自身すら
自分を同情しない・・・。