2013年5月22日水曜日

アニメ史まとめ  文化のこれからについて 21世紀文化の未来

 この前ちょっとアニメの歴史まとめてみようと思ったといってしまったのでやりました。






37  白雪姫 (ディズニー初長編)

58  白蛇伝 (東映(日本)初長編アニメ)

59 週刊マガジン、サンデー

63 鉄腕アトム

66  ウルトラQ ウルトラマン

67 ジャングル大帝 (初カラーアニメ)

68 巨人の星 (梶原一騎スタイル)

太陽の王子ホルス (マンガ映画の実写映画への挑戦)

佐武と市捕物控 (石ノ森 オトナ向けアニメ)

69 ムーミン(名作文学路線)

アタックNO1 (女性スポ根)

70 あしたのジョー (リアリズムスポーツ路線)

71 バカボン (ギャグアニメ)

ルパン三世 (クライム・サスペンス)

決断 (アニメ+ドキュメンタリー)

仮面ライダー (特撮の巻き返し)

72 マジンガーZ (ロボットアニメ)

ガッチャマン (SFアニメ)

74 ハイジ(世界名作文学)

宇宙戦艦ヤマト (宇宙もの 本格的アニメブーム)

75 日本昔ばなし (民俗学)
霧とハリネズミ (アート・アニメーション)

78 未来少年コナン (原作アレクサンダー・ケイ)

79 機動戦士ガンダム

81 アラレちゃん (鳥山明ージャンプ時代)

82 漫才ブーム  島田紳助

ミンキーモモ (ロリコン美少女アニメ)

パタリロ (ホモアニメ)

ゲームセンター嵐 (ゲームアニメ)

83 ファミコン発売

キン肉マン (ジャンプ X 梶原一騎スタイル) 

みゆき (あだち充スタイル 臭くない恋愛物)

ダロス (OVA メディア変更) 

84 ナウシカ (宮崎駿時代)

86 ドラクエ (鳥山明デザイン)   アニメーションの衰退期ージャンプ黄金期

ドラゴンボール

87 4時 ダウンタウンブーム

89 電脳学園 (ガイナックスのエロゲー)

90 スーファミ

92 セーラームーン (ネオ学園美少女ヒロインアニメ) 

93 パトレイバー2 (押井守スタイル)

スラムダンク (リアリズムスポーツマンガ、バンドタイアップ)

94 プレステ

95 EVA (マニア向けメタアニメ)

攻殻 (海外向け)

耳をすませば (純文学路線)
トイストーリー (フル3Dアニメ)



97 ポケモン (ゲームメディアミックス)




  庵野秀明「EVA以降EVAを超える作品は現れなかった、アニメは終わった」



 抜けまくってるかもしれませんが、本質的に新しい試みをしたものと、優れた作品だけリストアップしたつもりです。未来少年コナンに原作があったのは知らなかった、あとガイナックスがエロゲーを作って金儲けしてたのもw
 あとは同じ事の繰り返しです、ワンピースはドラゴンボールだし、スラダンだってあしたのじジョーとドカベンの合わせ技っちゃあそれまでです。ポケモンだってドラクエと同じ売り方だし。庵野さんの結論が当たってます、95年から2013年まで、特に何も生まれなかったかな。ジブリもやっぱナウシカを超えれないでずっとそのままですね。

 EVAを褒め称えるのはダサイのでやめますけど、こういう暗いアニメは今までなかった、精神的に深いものは、みたいなこというけどそれは違う、あなた全然その前を知らないじゃん、って思ったりする。真面目で奥が深いのでは結構パトレイバー2を評価します、押井守ファンでもなんでもないけど、アニメにかぎらずけっこう深いとこまでえぐったのはあれだったとおもふ・・・どっちかっていうとEVAは新しいものが何もない、ドン・キホーテみたいな、今までの歴史にたいする皮肉っちゅーか集大成みたいなものでしたね、ある文化のムーブメントの最期に現れるような。だからマニア向けメタアニメって書いてみました。駿さん曰く、庵野は終わりみたいなアニメを作ってる、それが正解です、実際終わりみたいなアニメでした。後になって、あっあそこが終わりだったのかってわかることがある。庵野さんいうに駿さんの最高傑作はナウシカの7巻。それもそうだとおもふ。あそこからちっとも進めてない。



 終わったものは終わったってことで先へ進もうって思います、別に終わったからといって悲しむべきことではないし。じゃあどういうものがあるべきか?っていうと、ひとつにはもっと感覚的なものでしょうね、全身を使うゲームみたいなもの、セックスシュミレーション、脳で直接操作するもの、そういうものはゼッタイ有るでしょう。でもそれは技術力と資本力で個人の想像力とはほぼなんの関係も無い。快楽ですね、娯楽っていうよりは。それが1つ。

 

 もうひとつはオカネになる娯楽でしょうね。ネットゲームでも、相手を倒すとカネが発生する。ゲームとか娯楽のスポーツ化ですね。スポーツ選手は遊びでカネをもらってるわけですから。サバゲーとかでも電子サバゲーとかでヒトを殺すとカネになるとかだと面白い。ギャンブルともいうけど。まぁこれも必ずあるでしょう、現に少しづつ誕生してるし。しかしこれも表現っていうよりは、仕事ですね。娯楽であり仕事でもある。突き詰めていえば、これは自分のカラダを使わない戦争ってことです。2つ目

 

 最期に、これはIがトライしてるですけど、このアニメ、マンガ、とかいうメディアで本当に文化史に残るようなレベルの最高クラスのゲージュツ作品をつくるってことでしょうね。シェイクスピア、ドストエフスキー、ベートーヴェン、ラファエロみたいな、本物中の本物。
 もちろんそういう人類の限界クラスの作品って、誰しも理解できるはずがないし、理解されたらそりゃレベルが低いのでしょう。カラマーゾフがお茶の間で親子で楽しめるなんてこたぁまったくありゃあしねぇわけで。テレビやマンガ、映画っていう媒体ではやっぱ無理でしょう。だってそういうものって一片の妥協も許されないのだもの、スポンサーだとか予算だとかで制約されてしまうメディアではやっぱ無理です。原稿用紙、楽譜、キャンバス、作家と作品が二人だけで向き合えるものでないとやっぱし出来ない。そういうものとすぱっとそこは諦めよう。そういう意味ではマンガってのは1人のニンゲンの限界ギリギリで出来る極限のメディアだと思う。これは自己弁護ですけど、音楽をつけたマンガ、っていう形態は、完成度を追求できる限界突破のフォーマットだと思う。第九、合唱付き、みたいなことで、マンガ、音楽付き。そういうわけでOP9 音楽付きマンガ、ってことなんですね。

 Iはそのレベルの作品って戦後やっぱりまだ作られてないのだと思う、第九みたいな、もぉ恐ろしいくらいな完成度のもの、これが人類が存在してきた理由だ、ってほかの文明に言えるようなもの。タルコフスキー、ノルシュテイン、黒澤、ナウシカはそれに近いとこまで行ったと思います、けどやっぱり生きる、や七人の侍が、悪霊やらリア王に並ぶようなものなのかといわれると、ん~~~~~~と唸るほかにない、黒澤自身、白痴やリア王をつくってしまってるから、超えられるはずがないってこともあるし。
 EVAはラファエロの絵のような普遍性を持ってるかっていうとこれも無いって言わざるを得ないでしょう。ベートーヴェンのカルテットを引用してしまってるし。



 また逆のアプローチをついて、1人じゃなくて2人で。っていうのも考えられます、1人のニンゲンの限界ってのが、やっぱゲージュツの前提にあって、それを2人でもそれ以上でも多人数でっていう前提そのものをぶっ壊すやり口。しかしこれはメッチャクチャ難しいと思います。だから歴史上誰も成功してこなかったし、あまりトライもされてない。
 たぶんそれはコトバでコミュニケーションをとってる限り無理なんでしょう、バカかと言われるかもしれないけど、それは精神を重ね合わせないと出来ない。まずコミュニケーションのあり方を変えないと、ふたり以上のココロを重ね合わせるような、手段、脳をつなげてみたり、仮想世界でキヲクを混ぜあわせてみたり、そういうことが必要で、それが出来れば、あるいは多人数によるホンモノのゲージュツを創ることが出来るのかもしんない。