hound of baskervilles 1902
・どんな悪人でもその死を悼んで無く女が1人はいるものだ
どこを読んでもホームズの最高傑作はこのバスカヴィルだと書いてあります。ついに来歴の説明みたいな種明かしの部分は極限まで切り詰められて、ほぼ全編アドベンチャーになったというよりは、世界観を塗りつけていくみたいな、雰囲気ものの作品です。トリックや話の筋ではなくて、世界観を重視するってのは、実は一番自由度が高くて、たぶん最も、アンチリアリズムですね。写実主義じゃないってこと。印象派だってことです。ちょうど印象派の時期だし。写実から印象派えと変わった、小説から、違うものに変わった。世紀も変わったことだし。
ホームズ物には、シドニー・バレットなる挿絵画家がいて、挿絵というには枚数がめちゃくちゃ多くて、2ページに一枚もある。これはもう小説というよりは絵物語なんですよね。マンガより以前にはこの絵物語、一枚絵に小説がばーっとつくスタイルのものが流行ったのです。宮崎駿の最初期にも絵物語がある。
そしてこの絵物語という手法、今でいうならマンガ小説のようなやりかた。は今非常にアリだと思いますね。小説にしか出来ない種類の表現ってのがあって、話に厚みをつけられる。どうも前編絵付きのマンガは長いダイアローグだともたれるのです、画が持たないってわけで。
そういうわけでもホームズにはその後、の大衆向けストーリーの原型がそこかしこに見られる。わかりやすいように絵をふんだんに使う・・とかね。雑誌に連載されて世界中で読まれるっていう流通経路の革新とかもね。
そいでやっぱしこれは最高傑作なのかもしれません、まだ晩年のほうを読んでないからわかりませんが。これまで、の中では一番タイトで、要らない部分が根こそぎ切り詰められてる。
HOUND OF BASKERVILLEっていうタイトルが秀逸すぎますものね。HOUNDっていう響きに、犬、っていう影がついてるし、バスカヴィルっていう語感も冴えてる。バスカヴィル家の犬っていう邦訳はいかがなものかね。HOUNDには恐怖、と犬っていうダブルセンスがあってこっちのほうが秀逸です。そのままハウンドオブヴァスカヴィルでよかったのじゃないですかね。
そいでなんかイギリスっぽい、隠し味が随所にぐっしり来るのですよね。沼、霧、犬、ストーンヘンジ、遺跡、異民族、闇、古い館、家系図、血。
イギリスと犬ってのはもぉパスタとオリーブオイルみたいなもので切り離せないものですね、なぜなのかわからないですけど、ホームズと犬、ってのはすごいマッチングです。そしてイギリス人は血が好きなのです、事実イギリス人は世界の民族の中で、一番数多く戦争をし、近代以降のすべての重要な戦争に関与し(勝利し)、そして今でも生き残り、最大の帝国を維持している、最強の民族だからです。イギリス人ほど血なまぐさいのが好きな民族はいません。民族的な差別をしてるのではなくてデータがそう語っておる。(アメリカ人も基本イギリス人ですからね、ホームズもアメリカがまたイギリスと同じ帝国に戻ることを願う、と言っておるし)。
近代、そして今の現代ってのを探っていくとやっぱしイギリスにぶち当たる、ルネサンスのイタリアよりも。そこに普遍性があるからホームズが世界でも読まれるのでしょうね。日本の小説は、どこまでいってもやっぱし、オリエンタルなキワモノ感が残る。大陸のはじっこで生まれたスタイルを本歌取りして極東のニンゲンがやっているというね・・
文庫本が軽くて読みやすいのですけど、挿絵をちゃんと見たい人には、河出書房の全集をおすすめします。でも注釈にもろにネタバレを描く神経を疑いますね、阿呆なのかこの訳者は。ファン気分で本を書いてるシロウトです。そいで解説だの付録だのがやたら長くて鼻につく。河出書房ってなんかその、オンナコドモ向けというか、阿呆向けというか・・・・ぬるい感じが嫌いですね。といって岩波や新潮の偉そうなのもムカつくけれど。国書刊行会が好きですね・・・・本当に本が好きってのが伝わる。
それでも挿絵がきっちり乗っているので絵物語、マンガ、そして映画と視覚芸術の20世紀の先達をつげるものとしてこっちを読むほうがいいですね。絵と物語をどうリンクさせるか、これが20世紀のほとんどのメディアの主要命題でしたから・・・