2016年5月20日金曜日

WHAT DISNEY DID ウォルト・ディズニーの功績

 今たまさかBSでウォルト・ディズニーのドキュメンタリーがやってますね。ウォルトディズニーはみんなが思うようなパーフェクトなニンゲンではないのですが、Iにしてみればやっぱしなっていう感じのヒトです。いわゆるイノセントなんですね。現実逃避のカミサマですw

 ウォルトは労働環境を改善しないだの、階級意識が強いだの、ムチャクチャなことをいう短期なニンゲンだったり、コミュニストを排除したり、すぐに南国のリゾートへ逃げ込み、女の子が大好き。そしてもちろんかなりのロリコン。でもそれはウォルトは単に無邪気なんですわね、労働条件なんてものは存在しない、みんな魔法の兵隊みたいにアニメーションをつくるために何も食べないで寝ないでも、最高のパフォーマンスをしてくれるもんだと思ってるんです。誰が文句なんていうものかい。だって魔法の国を見たいし、魔法の国に行きたいじゃんか、何をうだうだカネだの言ってるんだ。ってことなんでしょう。重度の困ったちゃんなんですけど、ウォルトはただの困ったちゃんではなくて、なんだろう、はっきりと絵が見えるタイプというか、何が大切なのか、ってのが一発で見える、千里眼的なヒトなんでしょう。本質が見えてるのです。そしてイノセントである故に、キッズとまったく同じ感性があるので、キッズの欲しいものが死ぬほどわかってるというわけ。
 

 ディズニープロットというのがあります。
三角形プロットというのか。つまり母親、子供、悪いやつ。この三重奏、母親は子供を守ろうとするが悪いやつにやられてしまう、子供は成長して悪いやつを最終的にぶっ飛ばす。つまりは復讐劇なんですが、それがウォルトが考案した、一番ニンゲンが好きなストーリーの形なんだというわけ。この型、さえ守ればあとはパッケージを変えるだけでいくらでも物語はできる、雪国を舞台にしてみたり、主人公を少女だったり、アザラシにしても、三角形型にすれば、面白いようにみんな感動するというわけ。
 殆どすべてのディズニー映画はこの構図を守ってきましたが、さすがにもう死ぬほどこすられて今ではむしろこれは一番避けないといけない物語の典型ですね。


 初期のディズニーは食べる、愛する。っていうテーマが繰り返し出てきます。三大欲っていいますけど、睡眠欲を刺激しても仕方ないので、食と性欲がテーマなんですが、これもやっぱウォルトのセンスでして、それが一番大衆に受けるってのがわかるんでしょうね。食欲っていうのは、戦闘欲です、食べるってことは戦って奪うってことですから。愛するってのは突き詰めるとやっぱエロスでして、物語ってのはやっぱしエロスとタナトス、戦争と恋愛、ってのに収斂するというわけ。戦争と恋愛をヌキで物語をつくるのは至難です。ニンゲンってのはやっぱ戦争とセックスにしか興味無いんだとIは思います。I自身がかなりそうだからw  この2つはつながってて戦争がなければセックスも衰えるし、セックスなしで戦争することも出来ない。
 



 ミッキーの初登場はスチームボートウィリーだと思われてるのが多いみたいですけど、最初はプレーン・クレイジーという飛行機の短編でディズニーは登場します。もともとはそれよりも以前にラッキーラビットオズワルドというシリーズがあって、うさぎのオズワルドの耳がちっちゃくなったのがミッキーなんですね。ミッキーには初めっからミニーが登場しますが、ミッキーは初登場の時点では結構下品でゲスいキャラですw ミッキーの性格も変わったなぁ・・・。
 スチームボートウィリーはミッキー初登場ではなく、初めての音付きフィルムです、だからウィリーは音ネタが連発なんですね、オズワルドはサイレントで不条理ギャグがモチーフです。その前にはアリスコメディという実写の少女アリスとアニメのミックスというのをやってます。これは実写のほうがアニメより圧倒的に安上がりだからカネがなくなると実写を入れるのですね。ほんとーにウォルトディズニーはアニメーションのパイオニア、文字通りのパイオニアなんです。アニメなんて何もないとこからどんどん新しいものに挑戦していった。ミッキーシリーズと平行してシリー・シンフォニーというミュージカル調のアニメが始まるんですが、アニメかじったヒトならわかると思いますが、シリー・シンフォニーはアニメートする、動画を描く、っていう技術では最高峰じゃないですかね、ものすげー技術力、今ではこういうほんとの手の技術を持ってるアニメーターはもはや存在しないでしょう。骸骨が円になってダンスするシーンなど、簡単そうでムチャクチャ複雑な動きです。イラスト的絵のうまさじゃなくてアニメートの技術はもはや二度と到達出来ないレベル。
 そしてそっからは長編ディズニー時代、つまりディズニー黄金時代になるわけです。BIG5、と言われる初期の5作品は七人の侍みたいに名前一人歩きして伝説となってる状態です。



 
 さてディズニー黒歴史ですが、ディズニーは白雪姫で大成功しましたが、ピノキオ、バンビ、ファンタジア、このあたりの映画はこけてしまって財政危機に陥り、戦時下では戦争のプロパガンダアニメを作ってました。日本人は猿で低俗な人種であり、アメリカは常に正しく、共産主義者はクズだっていうアレです。(あながち間違ってはいない)
 ガイナックスは昔エロマージャンゲームを作ってましたし、同人エロ漫画出身の漫画家も今は相当多い。そういうのはダメって思ってるヒトにこのディズニー黒歴史を知ってもらいたいもんです。どんなエロに手を出したって、政府の戦争プロパガンダをつくるよりは死ぬほどマシです。けど本当にいい作品をつくるために自分の手を汚せないってのはもっとワルイのかもしれませんよ。もっと言えばベートーヴェンもモーツァルトも権威に媚びたクソみたいな作品を作ってます。


 まぁこの辺はほんと本質的な部分で拒否反応するひともいますわね。志が低い云々。エロゲーに出てた声優が使いたくない、みたいなことも。ディズニーは堕落したのか、自分の手を汚しても続けることを選んだのか。
 ウォルトは戦後はアニメ映画ではなく、実際に夢の国を手の触れられるものとしてつくるほうに進んで行きます、つまりディズニーランド。3D映画とは比べようもなくリアルな3D化に手を出したわけですね。やっぱしウォルトの先見の明、センスは図抜けていて、もはや映画は見るものじゃなくてその中に入って遊べるものであるべしっていうのを戦後の時点で見ぬいたのですね。えげつない直感力。
 映画は所詮戦争と恋愛、から逃げられないなら。リアル、を全否定して、魔法の国、に入ってしまおうという、ジンテーゼ的解決ってわけです。物語として見るだけの映画は終わって、自分で楽しめるもの、ゲームってのはその入口でこれからもっとそういう、自分の感覚で楽しめるものが主流になってくるのでしょうね。